「ダム管理所長に聞く」第6回《長島ダム》

(聞き手:水源地環境センター 名古屋事務所 可児)
注:この取材は緊急事態宣言発令前の3月中旬に行いました。

(WEC)
「ダム管理所長に聞く」第6回は、全国でも最大級の放流設備を有する中部地方整備局長島ダム管理所の竹内所長にお話しをお聞きしました。

竹内所長、どうぞよろしくお願いします。では、はじめに長島ダムのご紹介をお願いします。

■大井川のど真ん中に鎮座する多目的ダム

(竹内所長)長島ダムがある大井川は、 静岡県の中部に位置し、その源を静岡県、長野県、山梨県の3 県境に位置する間ノ岳(標高3,189m)に発し、静岡県の中央部を南北に貫流した後、島田市付近から広がる扇状地を抜けて駿河湾に注ぐ、幹川流路延長168km、流域面積1,280km2 の一級河川です。「箱根八里は馬でも越すが 越すに越されぬ大井川」と詠まれたように、江戸時代、大井川は東海道の難所の一つでした。現在では水利用の影響もあり、その様子は大きく変貌しています。そして、この大井川に建設されたダムが「長島ダム」です。高さ109m、長さ308m、総貯水容量7,800万m3の重力式コンクリートダムで、洪水調節、流水の正常な機能の維持、かんがい、水道用水・工業用水の供給を目的としています。地域に開かれたダムとして、ダム堤体部の一般開放や貯水池の湖面利用など、地域活性化の役割も担っています。

■最大放流量毎秒6800トンを誇る国内最大級の洪水吐ゲート

(WEC)
長島ダムの特徴を教えてください。

(竹内所長)
長島ダムの特徴の一つが巨大な放流設備です。ダム下部に設置された6門の常用放流設備(コンジットゲート)は、幅5.0m・高さ6.4mの高圧ラジアルゲートで、1門当たり最大995m3/sの放流能力があります。また、ダム上部に設置された2門の非常用放流設備(クレストゲート)は、幅5.0m・高さ10.5mのラジアルゲートで、1門当たり最大415m3/sの放流能力があります。 このコンジットゲートとクレストゲートにより、設計洪水時の最大放流量は6,800m3/sに及ぶ国内最大級の放流設備となっています。平成14年の管理開始以降、これまでに計10回の防災操作を行いましたが、最も大きな洪水が平成30年台風24号でした。そのときの最大流入量は約2,080m3/sでしたが、長島ダムからはコンジットゲートを2門開けて最大で1,040m3/sを放流しています。コンジットゲートは、操作細則で開ける順番が決められていますので、これまでに使用したコンジットゲートは2門だけ。クレストゲートに関しては一度も開けていないということになります。これは管理所としては幸せなことなのでしょうね。

巨大なゲートを上部から眺める

■古代エジプト建築のようなデザイン

古代エジプト建築のような佇まいの長島ダム

(竹内所長)
もう一つの特徴がダムのデザインです。経年美を重視したデザインとするために、可能な限り自然に近い石等の天然材質で堤体表面を覆っています。天端付近の上下流面、エレベーター室、ゲート室などの壁面は桜御影石が張り付けてあり、クレストゲート周りのゲート機器も外から見えないように施工されているので、とてもスッキリした印象となっています。まさに古代エジプト建築のような佇まいです。今年1月に公開された、映画「前田建設ファンタジー営業」のロケ地にもなり、ポスターの背景にも使われています。アニメ・マジンガーZのプール格納庫を現在の土木技術で作れるか、という設定のとても楽しい映画です。長島ダムも実名でバッチリ登場しますので、ダムやマジンガーZに興味のある方も、そうでない方も今後も上映、DVD等の発売予定があるそうですのでぜひご覧ください。

■台風19号では発電専用ダムが治水に貢献

(WEC)
昨年10月の台風19号では東日本を中心に記録的な出水となりましたが、上陸直前まで静岡県を直撃するような予想でした。長島ダムはどのような対応を取られたのでしょうか?

(竹内所長)
台風19号が狩野川台風(昭和33年)に匹敵する記録的な大雨となる恐れがあるとの指摘もあり、かなり緊張感をもって対応しました。

近年、全国各地で計画規模を上回るような洪水が発生していますし、雨の降り方も尋常ではないですからね。長島ダムも47,000千m3の洪水調節容量をもっていますが、そんな洪水が来たら大変なことになるだろうと思いました。


このとき、一つ安心材料であったのが長島ダムの上流に位置する中部電力の井川ダム、畑薙第一ダムの水位がいずれも低いことでした。

これらはいずれも発電専用ダムですが、総貯水容量は井川ダム:150,000千m3、畑薙第一ダム:107,400千m3と、長島ダムよりもかなり大きな容量をもっています。ですから、水位が低いということは長島ダムにとって治水上の大きなメリットになります。

台風19号では、結果的にこれら2つのダムの貯留量は合計28,300千m3ということでしたので、長島ダム洪水調節容量(47,000千m3)の約60%を貯め込んだことになります。

こうした発電専用ダムの治水効果により、長島ダムの流入量も最大約830m3/sとなり、洪水量900m3/sに達することなく操作を終えることができました。

(WEC)
事前の調整は大変だったと思いますが、どのような調整をされたのですか?

(竹内所長)
日頃から中部電力に対しては、台風接近時に水位を下げてほしい旨を伝えていましたが、この時はたまたま水位が低かったんですね。今思えば奇跡です。でも、その効果は絶大でしたね。

■台風19号が直撃していたら

(WEC)
台風19号は、当初の予測よりも進路が少し東側に寄りました。もし、台風19号が大井川を直撃していた場合、どのような状態になったと想定されますか?

(竹内所長)
長島ダムでは、台風19号が大井川を直撃した場合のシミュレーションを行っています。それによれば、総雨量が雨量確率規模で1/130~1/140に相当する降雨となり、発電ダムの貯留がなければ流入ピーク前に異常洪水時防災操作に移行し、ダムの流入量は最大7,600m3/sに達していたであろうと推測されます。

下流の県管理区間では、沿川各所で1~5m程度の浸水被害が発生し、家屋の浸水や道路の冠水などの被害が想定されますし、直轄管理区間でも、計画高水位を超過する箇所が複数発生するものと思われます。まさに、大井川では近年稀にみる大出水となっていたでしょうね。

台風19号が直撃した場合の想定シミュレーション

■大規模洪水には事前放流が決めて

(WEC)
近頃、各地で発生している計画規模を上回るような出水が発生していますが、長島ダムではどのような取り組みに力をいれておられますか?

(竹内所長)
平成30年西日本豪雨、そして令和元年台風19号では、ダムの異常洪水時防災操作の是非がマスコミでも大きく取り上げられました。ダムの容量には限りがありますから、計画以上の洪水が流れ込んだら、それ以上は下流へ流すことしか出来ません。そこで有効なのが「事前放流」です。

長島ダムでも、利水容量をもっていますので、その一部をあらかじめ放流(事前放流)して、洪水調節容量として使うことはとても大きな効果があります。ただし、利水者の方々にご理解いただくことと、少しでも早く元の水位まで回復させることは必須条件です。

事前放流については、昨年秋までに、関係利水者の皆さんへは一通りの説明を終えていますが、現在、新たなスキームとして「既存ダムの洪水調節機能の強化」に向けた取り組みを水系毎に進めることとされています。大井川には先ほどお話しした、井川ダム、畑薙第一ダムだけでなく14個の利水ダムがあり、これらのダムとの連携を進めていきたいと考えています。

■地域に開かれたダム

(WEC)
長島ダムは、地域に開かれたダムにもなっていますよね。

(竹内所長)
そうですね。ダム堤体の一般開放やダム内部の見学会、カヌーなどの湖面利用を行っています。地元川根高校のカヌー部の皆さんがよく練習で使ってくださいますし、静岡県内はもとより、遠く県外からも多くの方が長島ダムを訪れています。

ダムの正面、減勢工の上に架かる「しぶき橋」では、その名のとおり水しぶきを浴びることができますよ。天気の良い日には、きれいな虹ができることもあります。昨年度は約8700人の方が長島ダムを訪れてくれました。

ダム湖はカヌーやサップで大賑わい 虹のかかったしぶき橋

■日本で唯一のアプト式鉄道と恋愛の聖地「奥大井湖上駅」

(竹内所長)
また、近くには奥大井の観光名所である「夢の吊り橋」や「寸又峡温泉」がありますし、ダムの横を南アルプスあぷとラインのトロッコ電車も走っていますので、春から秋の観光シーズンにはたくさんのお客さんで賑わっています。

こんな山奥ですが、恋愛スポットもあるんですよ。エメラルドグリーンのダム湖にぽっかり浮かぶ島のようなところに南アルプスあぷとラインの奥大井湖上駅があります。長島ダムの建設にあたり、井川線の一部区間がダム湖に沈んでしまうため、日本で唯一のアプト式鉄道として生まれ変わりました。

近年、恋愛の聖地「静岡県エンゼルパワースポット」として、多くのカップルがこの駅を訪れ、永遠の愛を誓い合っています。川根本町主催の結婚式も行われていますよ。

日本で唯一のアプト式鉄道 奥大井湖上駅は恋愛の聖地。多くのカップルが訪れる

(WEC)
新型コロナウイルスの影響で世界中が大変なことになっていますが、影響は大きいでしょうね?

(竹内所長)
長島ダムまでの道中にも、たくさんの吊り橋や機関車トーマス、周辺には温泉も多く、今の時期は大変多くの観光客の方が来られますが、今年はかなり少ないようです。ダム見学も新型コロナウイルス感染症の拡大を防止するため、当面の間中止にしている状況です。

一日でも早く平穏な状況に戻ることを願うとともに、感染拡大を防止するための対応を徹底して参りたいと思っております。

■地域から愛される長島ダムを目指して

大井川を見渡す粟ケ岳に登山中の竹内所長
(大井川は茶処静岡県でも有数のお茶生産地)

(WEC)
終わりに一言お願いします。

(竹内所長)
近年、全国各地で水害が発生しています。とくに平成30年の西日本豪雨、令和元年の台風19号による被害は甚大なものでした。こうした中、ダムの洪水調節機能を強化しようという取り組みが進められています。

大井川水系では、長島ダム管理開始以降、大きな水害は発生しておりませんが、いつなんどきそのような状況になるやもしれません。そのために、操作規則の点検や事前放流の準備を進めています。まさに「備えあれば憂いなし」ですね。

一方、長島ダムも少しずつですが老朽化による設備の損傷などが見られるようになってきました。我々職員が安心して防災操作に専念できるよう、日常的な設備点検や、危機管理体制の構築は必須の課題です。引き続き、地域から愛される長島ダムを目指して、頑張って参ります。

(WEC)本日はお忙しい中ほんとうにありがとうございました。