「ダム管理所長に聞く」第10回《八田原ダム》

(聞き手:水源地環境センター 名古屋事務所 可児)

(WEC)
「ダム管理所長に聞く」第10回は、初めての中国地方整備局から八田原ダム管理所の後藤所長にお話しをお聞きしました。

後藤所長、どうぞよろしくお願いします。では、はじめに八田原ダムのご紹介をお願いします。

■備後地域の安全を守りインフラを支える多目的ダム

(後藤所長)
八田原ダムは、広島県東部に位置する1級河川芦田川水系芦田川に建設された重力式コンクリートダムで、堤高84.9m、堤頂長325.0m、流域面積214.6km2、総貯水容量6,000万m3を持った多目的ダムです。

その目的は「芦田川の洪水調節」や「流水の正常な機能維持」及び「福山市とその周辺への上工水の補給」としていますが、水没補償した宇津戸川ダム(中国電力(株))の発電機能も有しており、備後地域のインフラとして重要な役割を持っています。

特に、芦田川はその流域を広島県東部の中域から南に位置するため、瀬戸内海式気候に属し、ダム上流域の年間平均降水量が1,100mm~1,300mmと全国平均の降雨の2/3しか無く昔から渇水に苦労した地域で、水害に加えて渇水にも多くの期待をされています。


中国地方の年間降水量

■最大の流入量を記録した平成30年7月豪雨

(WEC)
平成30年7月の西日本豪雨では広島県を中心に記録的な豪雨となりましたが、八田原ダムではどのような対応をされたのでしょうか?

(後藤所長)
平成30年7月西日本豪雨は、北海道付近にあった梅雨前線が7月5日に南下し、7日に掛けて本州付近に停滞してこの前線へ向かって暖かく湿った空気が流れ込み、前線の活発な活動が続いたため中国地方や四国地方の各地で、河川の氾濫、浸水害、土砂災害などが発生し甚大な被害が発生しています。

八田原ダムでも、上流域の総雨量が385mmに達しており、7月5日からダムの防災操作(洪水調節)を行っていますが、平成10年4月の管理開始以降、最大の流入量である約860m3/sに達し、このうち約490m3/sの洪水をダムに貯留しました。

その結果、ダム下流の府中市父石町の河川水位を約50cm低減し、父石町の未改修地区の浸水を軽減させたと推定されました。

また、ダム湖にて流木などを約1,400m3補捉しており、下流河川の安全と瀬戸内海の環境保全にも大きく貢献したものと考えています。

この西日本豪雨など全国で頻発する水害を契機に全国にて事前放流の取り組みが行われており、直轄管理ダムに加え利水ダムも事前放流に取り組むこととなった事は皆様もご存じの事と思います。

西日本豪雨時の貯水状況

平成30年7月豪雨 流木の流入状況

平成30年7月豪雨 洪水調節図

平成30年7月豪雨 浸水解析図

■備後地域の水瓶として

(WEC)
芦田川流域は平時の降水量は非常に少ない地域とのことですが、八田原ダムはどのような役割を担っているのでしょうか?

(後藤所長)
芦田川下流の福山市では、昭和36年に日本鋼管福山製鉄所の進出が決定し、また昭和39年には備後工業特別地域に指定されるなど、昭和40年代から50年代にかけて鉄鋼業を中心とした重工業化が進行しました。

しかし、冒頭に紹介しましたとおり芦田川流域は瀬戸内式気候に属し、瀬戸内海地方で最も降水量が少ない地域ですが、備後地域の工業出荷額は増加を続けており、こうした工業の発展と人口増加を踏まえ、既存の農業用三川ダムの嵩上げ(昭和48年完成)や芦田川河口堰(昭和51年完成)及び八田原ダム(平成10年完成)の建設が計画され、工業用水と上水道の安定供給を支えることとなりました。

特に八田原ダム完成前の平成6年の渇水では、取水制限が301日間実施され、福山市では一般家庭の12時間断水が45日間行われましたが、八田原ダム完成以降には福山市の上水道の取水制限は無く、工業用水も50%を超える取水制限は行われていません。

芦田川水系取水制限実績

渇水時と平常時の芦田川河口の状況

■水質保全

(後藤所長)
水質についてですが、八田原ダム湖に流れ込む芦田川上流域は、古くは高野山の荘園として栄えるほど田畑の耕作が盛んであり、人々の営みとして現在でも流入負荷が直上流の三川ダムへ流れ込み、アオコの発生が毎年のように確認されます。その流入負荷に加え、八田原ダム湖に接する支川宇津戸川には養豚場が隣接しており、その数は6万頭とも言われ、そのままだと豚舎からの排水が流入負荷として流れ込みます。

この多くの流入負荷に対する対策として、本川側の貯水池内河道に取水堰を設置し、旧井庄原集落の空き地27,000m2に葦原を造成して、流入水の負荷削減と流れ込むアオコのスクリーニングに努めています。結果として、窒素及びリンで各々概ね1割程度の削減ができています。

もう一方の支川宇津戸川に関しては、豚舎の負荷が支川宇津戸川に流れ込み合流すると処理水量が増えるため、宇津戸川に流れ込む二次支川にて強制的にポンプ取水し、建設残土置き場に接触曝気と土壌浄化を組み合わせた浄化施設を設置して直接浄化を実施しています。これにより窒素にて2割弱、リンにて概ね5割の削減ができています。

また、貯水池内対策として、散気式の気泡循環装置6基と表面水の撹拌装置(噴水)1基を設置して、アオコの発生を抑制しています。この気泡循環装置については、当初は4基の設置にて運用していましたが、アオコの抑制が十分で無く、ダム湖全面にアオコが発生する事が多々あり、平成22年に2基を増強して現在の6基配置としており、その後はダム湖全面にアオコが繁殖することを回避できています。

なお、平成24年には気泡の吐出水深20mから25mへ変更して、より循環混合効率を向上させたのですが、一方で吐出水深以下の低層でのDO消費に伴う嫌気化の影響を受けているため、再度、吐出水深の設定については現状の確認を行い検討する必要があると感じています。

芦田川 植生浄化施設

宇津戸川浄化施設
(接触曝気+土壌浄化)

気泡循環装置の運転状況

■水源地域の活性化のために

(WEC)
次に地域にとって非常に重要な、水源地域の活性化の取り組みについてお話しいただけますか?

(後藤所長)
八田原ダムの位置する世羅町は、昨年末の高校駅伝でのアベック優勝をした世羅高校が全国に認識されていますが、観光地としては知名度がなく、一見、水源地域の活性化に結びつけることが難しく感じます。

しかし、地域の歴史は古く、平安時代中期に大田庄として荘園が開発され、その年貢を和歌山県の高野山へ納めるための荷出港として発展したのが尾道と言われています。また、八田原の地名に関しても、平家の落人が芦田川沿いに逃げる途中で本川と宇津戸川に分岐しているため、後続の者への道しるべとして平家の赤旗を立て、この地を「旗立て原」と名付け後に「八田原」と呼ぶようになったと言われています。

このように古くから人を含め物流が盛んな歴史の有る地域であり、現在では尾道松江道路の世羅ICと道の駅世羅がダム湖に隣接して設置されており、ダムも一体となった地域の活性化が重要な課題となっていると感じています。

八田原ダムでは、広報施設「遊学館」や管理庁舎を地域の歴史に配慮して寺社の景観に模し、ダムの壁高欄には地域の景勝地のレリーフを入れています。また、竣工にあわせダム堤体内監査廊の一般開放を行っており、エレベーターも含めた開放は直轄ダムでは全国初の試みであり地元出身で当時の建設大臣の亀井静香先生の一声と聴いています。

補償工事で設置した歩道橋「夢吊梁」は当時の吊り橋では径間長が最大でギネスに認定されていますし、管理所の飲み水として整備した付替JRトンネル底部の井戸水を開放したところ、名水百選に匹敵する水質との評判で平日でも持ち帰りに並ぶほど好評です。

そして、ダム工事の残土置き場を活用した「芦田湖オートキャンプ場」は、withコロナの時代背景もあり、週末は満場で平日も利用者が増えています。

このような個々の施設を結びつけ、広く水源地域と意識した活性化の基盤を強く安定した運営がなされる味付け=ソフトが重要と考えています。

歴史に配慮した管理庁舎と水飲み場の開放

■ダム屋としての基礎を学んだ八田原ダム

(WEC)
ありがとうございました。ここからは後藤所長ご自身の率直なお考えをお聞きしたいと思います。所長の八田原ダムに対する思いを教えていただけますか?

(後藤所長)
まだ若造だった昭和63年~平成3年までの4年間を勤務し、ダム本体の発注を担当して、その後本体工事の担当を行いました。本体工事では、基礎掘削、コンソリデーショングラウト、本体コンクリート打設を担当し、特にコンクリートでは骨材の製造と配合の難しさを学び、その後のダム屋としての基礎をたたき込まれた思い出の地であり、ダム管理に関しても一段と力が入ります。

(WEC)
これからのダム管理に必要なことはどんなことだとお考えですか?

(後藤所長)
地球温暖化など異常気象が言われ、新たなステージに入ったのかと思われますが、我々は決められた必要な手順を坦々と行う事がダム管理と考えています。

ただ坦々と行うと言っても決められたこと(操作規則など)を守るのでは無く、その内容を理解して、その時代など環境に合わせて見直しを行う事も含まれると考えています。

具体に話すと、ダムが完成して20年が経過しますが、当然、河川改修も進んでおり無害流量のネック箇所が改善されればそれに併せて見直しも必要ですし、下流の河川管理をする事務所と調整してネック箇所の解消に向けた協議を行うことが大切と考えています。

また、利水補給に関してもダムの補給量だけを管理するのではなく、河川管理者と一体的に河川全体の利水形態の変化も確認して、利水者の方々の計画的な取水計画の立案を指導し、それを踏まえた計画的な補給を行う事が必要と考えています。

特に異常気象で洪水に目がいきがちですが、必ず大きな渇水が来ますので、今はその備えとして水系全体の見直しを福山河川国道事務所と取り組み始めたところです。

■FM放送を活用した情報提供

(WEC)
ダムに対する理解を深めるために工夫されていることがありましたら教えて下さい。

(後藤所長)
ダムの必要性を含め、HPや広報施設と言った各種の広報活動をしています。

また、ローカルFM放送局であるFM福山を活用し、旬の話題や貯水状況を情報提供として、毎週1回の放送を職員が自らネタを考え番組中に割り込んで放送しています。

これは、単なるダムへの理解を深める情報発信だけではなく、日頃からダムからの緊急放送があることをPRすることで職員の緊急放送に慣れる機会として取り組んでいます。

また、昨年7月の出水時は後期放流が週末に掛かったため、ダム放流の状況が確認できる場所を開放して家族単位で見学をしてもらいましたが、その迫力に加えダム管理が降雨後にも続く大変な仕事であることをご理解いただけたと思います。

この様にあるがままの姿は、日頃から情報発信して日々積み重ねることが大切と考えています。

来場家族の後期放流見学

■Withコロナで繋げる水源地域の活性化

(後藤所長)
先にも述べましたが、withコロナの背景もあり、密の発生しないオープンスペースが見直しされた「芦田湖オートキャンプ場」は、週末は満場で平日も利用者が増えています。

このことは、郊外からの交通の便が良くなった「世羅IC」と地域産物の入手ができる「道の駅世羅」とコラボして、ダムの魅力を宿泊利用も含めた水源地域の活性化に繋げる足掛かりとして考える最大のテーマと思っています。

今回その一環として、世羅町内の果実園でとれた葡萄をワイン化し、八田原ダムの監査廊で熟成する状況を一般公開し、芦田湖オートキャンプ場の宿泊者に飲んでいただく、このように地元の生産者からダムへそして宿泊利用者へ繋いで思い出と言う記念の付加価値に重視した取り組みを試行的に着手したところです。

春は桜、秋は紅葉などの四季の楽しみ方にも日帰りから宿泊へ、また、飲食も地元の特産物へ繋げて水源地域の活性化が芽生えることに期待しています。

堤体内への世羅町産ワインの貯蔵
<展示された世羅町産ワイン(左)、ワイン搬入の状況(右)>

■ダム管理を含めたダム事業の未来

(WEC)
所長からぜひ地域と若者へのメッセージをお願いします。

(後藤所長)
ダム建設は、環境破壊と言われがちですが、地球温暖化や異常洪水など環境問題も含めた社会の変化を踏まえると、国連を初め世界中で問われている「持続可能な開発目標」=SDGs(Sustainable Development Goals)の先進事例として一番ふさわしいと思っています。

たしかに建設に伴う工事にて一時的に壊す物もありますが、十分な調査記録をしたうえで、気候変動にも対応する治水と利水が地域の発展を誘導し、自らが発電してクリーンエネルギーを生み、憩いの場も提供して心の豊かさと学習の機会を作りだすなど、SDGsの17目標、169ターゲットの多くを包括すると考えます。

SDGsが開発途上国だけではなく先進国も含め、働きがいや経済成長までも踏まえたものだから世界でこれだけの広がりを見せており、ダムと言う施設が世界共通の課題を解決する鍵になりうるものであり、地域の方々の資産として、ダムに係わる技術者の自信として若い方にも胸を張っていただき、SDGsへの参加を打ち出して良いのではないでしょうか。

■思い立ったら即行動

(WEC)
最後になりますが、所長ご自身はどんなキャラの管理所長ですか?

(後藤所長)
何にでも食いつき、直ぐに行動を起こして周りにご迷惑を掛けます。最近ではアニメ「ゆるキャン△」の影響で、水源地域の魅力を発信するためには冬キャンプを体験しようと、11月に「芦田湖オートキャンプ場」に有志で泊まりました。満点の星空を見ながらたき火を囲いながらの談笑は格別で、密を回避した新しい余暇の過ごし方としてお勧めです。ただ、外気温は0℃だったので、死人がでなくて良かったです。

また、若いときは、気泡循環の二次流を体感したく浮きに5m程度の針金を通した板を流して追い掛けたり、ダム湖内に養殖場みたいな巨大な隔離水槽を作り、液肥を投入して人工的にアオコが発生する環境を作って植物等浄化の効果試験をしたりしていました。部下の方々からは無茶振りがひどいと怒られます。

(WEC)
大変お忙しい中、本当にありがとうございました。

満天の星空を見ながら談笑