「ダム管理所長に聞く」第36回《大井川水系のダム発電所群》

2023.7掲載 
(聞き手:水源地環境センター 名古屋事務所 可児)

(WEC)
「ダム管理所長に聞く」第36回は、静岡県の大井川水系で水力発電事業を行っている中部電力(株) 再生可能エネルギーカンパニー 静岡水力センターの藤井所長にお伺いしました。

藤井所長、どうぞよろしくお願いします。では、はじめに大井川における電源開発の状況についてお話し下さい。

■大井川水系における電源開発

(藤井所長)
大井川は静岡県、長野県、山梨県にまたがる南アルプス間ノ岳(標高3,189m)を発する東海の奔流です。この川は太古からの長い歴史の間、氾濫を繰り返し、流域に多大な被害をもたらしてきました。

大井川は暴れ川であることから「箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川」と詠まれたように徳川時代にあっては、江戸を守る天険でもありました。

この大自然のエネルギーを水力発電として利用しようと計画したのは、今から100年以上前のことであり、先人達の先見性に敬意を感じずにはいられません。

現在、本水系において中部電力が所有する発電所は15地点、最大出力の合計は61万kWに達しています。これらの発電所は、戦前・戦後復興・高度成長期から現代にいたる電力供給を支え、市民生活の向上、産業の発展に寄与してまいりました。

東海道五十三次「金谷」

川越人足に担がれて渡る
[出典:2017江戸時代のちょっとびっくりな文化や生活]

大井川水系概要図

(WEC)
すごい数の発電所ですね。大井川の電源開発は100年以上前からどのように進められてきたのでしょうか?

(藤井所長)
大井川水系の電源開発を大別すると次の5期に分かれています。

◆小さなえん堤から取水した第1期

明治43年~昭和6年の1期には、大井川本流に構築された小さなえん堤から取水し発電する出力4,000kW以下で落差の小さい発電所が建設されましたが、その後の大規模発電所建設により廃止となりました。一例として、明治43年に大井川水系で最初に運転を開始した小山発電所(1,400kW)は、昭和11年に廃止となっています。

◆ダム建設がはじまった第2期

昭和10年~昭和19年の2期には、千頭ダム、大井川ダム、寸又川ダム等のダムが建設され、ダム水路式発電が始まり、大井川水系寸又川に湯山発電所(22,200kW)、大間発電所(13,200kW)、大井川本川に大井川発電所(68,200kW)、久野脇発電所(32,000kW)が建設されました。

大井川ダム完成写真(昭和11年)

◆日本で初めての中空重力式ダムが建設された第3期

昭和31年~昭和37年の3期には、大井川本川に井川ダム、畑薙第一ダム、畑薙第二ダム等の大きなダムが相次いで建設され、奥泉発電所(87,000kW)、井川発電所(62,000kW)、川口発電所(58,000kW)、畑薙第一発電所(137,000kW)、畑薙第二発電所(85,000kW)の発電が始まりました。

井川発電所の建設地点は極めて交通不便な山間地であったため、建設用資材の運搬手段として大井川ダムまで建設されていた軌道を井川まで延伸することで対応しており、現在、大井川鐵道井川線として活躍しています。ちなみに畑薙第一発電所は中部電力初の揚水式発電所です。

また、井川・畑薙第一・畑薙第二ダムはいずれも中空重力式のダムですが、井川ダムは日本で初めての中空重力式ダムであり、中部電力で初の100mを超えるダム(103.6m)でもありました。

建設当時はセメントの価格が高かったことから建設費用を抑えるため中空重力式ダムを採用しています。なお、畑薙第一ダムのダム高125mは、単体の中空重力式ダムとして世界最高です。

井川ダム建設状況

現在の井川ダム・発電所

◆大井川最上流部に自然環境保全に努めた発電所を建設した第4期

平成2年~平成7年の4期には、大井川最上流部に赤石発電所(39,500kW)、二軒小屋発電所(26,000kW)、赤石沢発電所(19,000kW)が建設されました。赤石発電所は、揚水発電を除く一般水力では中部電力初の地下式発電所であり、地上構造物を少なくして自然環境保全に努めた発電所です。

◆既存ダムを利用した小規模発電を開始した第5期

平成13年~令和4年の5期には、維持流量の放流落差を利用した小規模発電所として、既存のダムを利用した3発電所(畑薙第二ダム 東河内発電所(170kW)、奥泉ダム 新奥泉発電所(320kW)、大井川ダム いちしろ発電所(170kW))が建設されました。

■12ダム、16えん堤、15地点の発電所を集中管理して安定した下流利水確保にも貢献

下流利水の概要図

(WEC)
大井川で発電に使用された水は、農業用水などに広く活用されていると聞いたことがありますが、そのあたりについてお話しいただけますか?

(藤井所長)
大井川水系の特徴として大井川の水は発電のみでなく、上水道・工業用水・農業用水として下流域の8市1町にまたがる多くの人々に広く利用されています。畑薙第一発電所から川口発電所までの開発により畑薙第一ダム、井川ダムの大規模貯水池を利用した利水の安定確保策が完成し現在に至っています。

ダム制御、発電運転については、川根本町南部に位置する塩郷えん堤脇の塩郷水力制御所において、大井川水系の12ダム、16えん堤および15地点の発電所を集中管理しています。

畑薙第一ダムおよび井川ダムが建設される前は、各ダムに流れ込む水をそのまま発電で利用するのみであり、大出水時には、取水口への土砂流入防止の観点から発電停止となっていましたが、両ダムの建設後は奥泉発電所にて発電した水を直接、最下流の川口発電所まで送水でき、かつ渇水時には両ダムに貯留した水を使うことで、安定した発電および下流利水の確保ができるようになりました。


■11のダムが事前放流により流域治水への貢献

(藤井所長)
さらに現在の運用は、国土交通省との治水協定に基づき、国土交通省 長島ダム管理所と連携を図りながら畑薙第一ダム、井川ダムをはじめ、大井川水系11の利水ダム群の容量を利用し、事前放流へ協力する体制を構築しています。具体的には、台風等の大雨予想があった場合、事前にダムの水位を低下することにより、洪水のピーク流量を減ずることで発電用ダムとして流域治水へ貢献しています。この効果としては、治水対策に寄与することは勿論の事、事前に発電によってダム水位を低下することで、発電に利用できないダム放流量を減じる効果もあり、水資源の有効活用にも役立っています。

(WEC)
利水面、治水面においての中部電力さんのダムの貢献はとても大きいですよね。

■4年に一度の千頭大祭には総勢102名で参加!

(WEC)
続いて地域振興への取組についてお話しいただけますか?

(藤井所長)
水力発電事業は地域の理解と協力があって初めて成り立つものであり、地域振興への取組は非常に重要です。

川根本町千頭地区で4年に一度開催される敬満大井神社の祭典である千頭大祭は、大井川の恵みへの感謝と穏やかな流れへの願いを込めて行われ、自治会ごとに仮装行列をしながら手作りの山車を引き廻す祭りです。静岡水力センターは、地域の一員として昭和49年以来、毎回参加しており、職員の他、OBやセンター勤務経験者、グループ会社職員も加わり、2022年10月の開催時は総勢102名で参加しました。

祭りの見せ場であるエリアに到着すると、恵比寿様がエビで鯛を釣る様子をユーモラスに演じたからくり人形や、参加者全員による総踊り、青年部による元気なダンシングやにぎやかなお囃子演奏を披露し、4年に一度の祭りを楽しみに集まった観客を沸かせていました。

祭りへの参加を通じて日頃の中部電力事業への協力に対する感謝の気持ちを表すことができ、コロナ禍の中、地域を盛り上げることに貢献することができたのではないかと思います。

千頭大祭 集合写真

からくり人形(恵比寿様がエビで鯛を釣る)

■重要な観光資源である大井川鐵道井川線

(藤井所長)
井川線は大井川鐵道本線終点の千頭駅(川根本町)から大井川上流における中部電力の発電所群の建設資材輸送のために建設され、昭和34年に現在の千頭駅から井川駅(静岡市)間の25.5kmを営業運転開始しており、資産は中部電力が保有し運営を大井川鐵道に委託しています。当初、地域の足として運転を継続してきましたが、現在では沿線周辺および南アルプスの観光スポットへ案内する観光列車として運行しています。

また、国土交通省 長島ダム建設に伴い、井川線は日本一の急勾配90‰のルートに付け替えられ、日本で唯一のアプト式鉄道として平成2年から運行開始しています。

沿線周辺の観光スポットは、美女づくりの湯と呼ばれる寸又峡温泉、2019年にクールジャパンアワードを受賞した長島ダム湖に浮かぶ奥大井湖上駅、レインボーブリッジ、接岨峡温泉、河川からの高さが日本一の鉄道橋である関の沢橋梁、井川ダム、井川線廃線小路、さらには、井川駅のさらに上流には畑薙第一ダム、赤石温泉があり、南アルプスの玄関口となっています。

川根本町および静岡市の観光戦略において、井川線は重要な観光資源と位置付けられています。これまでに冬季の週末夕方に「星空列車」を運行し、目的地である奥大井湖上駅には周囲に人家がなく、漆黒で静寂な別世界の中で満天の星を眺めることができるため、非日常を体験できるイベントとして好評を得ています。また、2022年8月からトーマスフェア期間に機関車トーマスの仲間トビー号を千頭駅から奥泉駅間を往復運行開始し、2022年冬季には井川線を利用した長島ダムと井川ダムを見学するツアーやダム・発電所運転開始60周年記念として畑薙第一ダムを見学するツアーを開催したところ、予想を超える人気を博しお客さまから大変な好評を得ました。2023年5月からコロナ感染対策が緩和され観光客が戻り始めており、中部電力のダム、発電所が存在している地域と連携を図りながら、井川線への誘客施策を打ち出し実現することで地域貢献を果たしていきたいと考えています。

アプト式鉄道

奥大井湖上駅付近の星空

■ダムカード、ダムカレーカード

(藤井所長)
大井川水系の中部電力ダムカードは、上流から畑薙第一ダム、井川ダム、大間ダムの3つがあります。2022年9月に畑薙第一ダム・発電所運転開始から60周年経過し記念カード1,000部の限定配布を開始しました。60周年記念カードは静岡市の南アルプス赤石温泉白樺荘において、畑薙第一ダムカードとともに配布していましたが、好評につき2023年6月7日に限定配布が完了しました。

中部電力のダムをモチーフにしたダムカレーは、上流から畑薙第一ダム、畑薙第二ダム、井川ダム、大井川ダム、大間ダム、塩郷ダムの6つがあります。静岡市の白樺荘やアルプスの里、川根本町寸又峡近隣の飲食店および千頭駅付近のcaféうえまるで食することができ、大間ダムを除きダムカレーカードを貰うことができます。

畑薙第一ダム60周年記念カード(表面・裏面)

(WEC)
地域の一員としてとても頑張っておられることがわかりました。とても大切なことですね。

■トロッコ列車でダムや自然が織りなす景観、温泉を楽しみにお越しください

井川線アプト式鉄道開業30周年記念列車と藤井所長
(長島ダム駅にて)

(WEC)
それでは最後になりますが、一言お願い致します。

(藤井所長)
大井川の水は、その貴重さから「命の水」とも呼ばれます。この貴重な水の取水施設でもある中部電力の川口発電所、同発の塩郷えん堤は、大井川総合開発の一環として、国・県・中部電力の共同事業として進められ昭和35年に完成しましたが、その維持管理には細心の注意が必要です。また、中部電力が社運をかけて開発した井川ダムやそれに続いて建設した畑薙第一ダムは、下流利水の水がめや流域治水のための重要な役割を有しています。

これらの発電所の建設や運営に多大なるご理解とご協力をいただき、発電所を支えていただいた地元の皆さまおよび関係官庁はじめ多くの皆さまに心より感謝を申しあげます。そして、今後も電力や利水の安定的な確保を確実に継続することで信頼される企業であり続けるよう頑張りたいと思います。

皆さまには、是非、大井川鐵道井川線のトロッコ列車にご乗車いただき、沿線周辺のダムや自然が織りなす素晴らしい景観や温泉をお楽しみください。


(WEC)
本日はどうもありがとうございました。


■中部電力株式会社 HP : https://www.chuden.co.jp/
■ダムカード配布案内 : https://www.chuden.co.jp/energy/renew/ren_setsubi/water/damcard/