「ダム管理所長に聞く」第37回《平取ダム》

2023.8掲載 
(聞き手:水源地環境センター 名古屋事務所 可児)

(WEC)
「ダム管理所長に聞く」第37回は、北海道の沙流川に建設された平取ダムを管理する北海道開発局 室蘭開発建設部 鵡川沙流川むかわさるがわ河川事務所 平取ダム管理支所の長原支所長にお伺いしました。

長原支所長、どうぞよろしくお願いします。では、はじめに平取ダムの概要についてお話し下さい。

■沙流川総合開発事業の一環として建設された平取ダム

二風谷ダム全景

(長原支所長)
平取ダムは沙流川総合開発事業の一環として建設されたダムです。沙流川総合開発事業は、国土交通省北海道開発局が北海道沙流郡平取町を流れる沙流川に二風谷にぶたにダム、支川の額平川ぬかびらがわに平取ダムを建設し、2つのダムの相互運用による洪水調節によって、下流地域の洪水被害の軽減を図るとともに、流水の正常な機能の維持、水道用水・発電(二風谷ダムのみ)を目的とする事業です。

昭和57年に建設に着手し、平成10年に二風谷ダムが供用開始、令和4年6月に平取ダム完成をもって事業が完了し、令和4年7月から2ダムによる本格運用を開始しました。

令和4年11月には地元関係者等およそ120名のご出席を頂き、平取ダムの竣工式を執り行いました。


平取ダム竣工式

■沙流川流域の特色と特産品

(長原支所長)
沙流川流域は、日高町、平取町の2町からなり、北海道日高地方西部における社会・経済・文化の基盤を担っています。上流域は森林資源などに恵まれ、下流域は農耕地として明治初期から拓け、水田、牧畜等が営まれています。近年では、平取町のトマトは全国有数の収穫量を誇り、全国の市場に広域的に出荷されています。また、日高地方における軽種馬生産頭数の全国シェアは約8割を占め、その中でも日高町と平取町の合計頭数の全国シェアは約2割を占めるなど、地域の気候特性を活かした産業が展開されています。

沙流川流域図

■洪水調節、流水の正常な機能の維持、水道用水の3つの目的を持つ重力式コンクリートダム

(長原支所長)
沙流川流域は、北海道内でも降雨の多い地域であり、これまで度重なる洪水被害を受けてきました。平成15年8月には当時の計画を上回る洪水が発生し、社会および地域経済に甚大な影響を与えたことから、ダム基本計画の変更(平成19年7月)を行っています。

平取ダムは、堤高55.0m、堤頂長350.0m、堤体積17.7万m3、総貯水容量4,580万m3の重力式コンクリートダムで、目的は、洪水調節、流水の正常な機能の維持、水道用水の3つです。

洪水調節につきましては、平取ダム地点の計画高水流量2,050m3/sのうち1,750m3/sの洪水調節を行い、二風谷ダムと合わせた2ダムで平取地点の基本高水ピーク流量6,600m3/sを計画高水流量5,000m3/sまで調節します。

流水の正常な機能の維持につきましては、ダム地点下流、沙流川沿川の既得用水の補給等、流水の正常な機能の維持と増進を図ります。

水道用水につきましては、平取町と日高町(門別地区)に対し、二風谷ダムとの相互運用により、新たに最大2,600m3/日の取水を可能とします。

冬の平取ダム

平取ダム諸元

■平取ダムの特徴

(WEC)
続いてダムの特徴を教えていただけますか?

(長原支所長)
平取ダムは、非対称な地形により左岸側の段丘部と右岸側の河床部に大別され、幅50m程度の狭い河床部に放流設備や監査廊等の堤内構造物が多く配置されています。

洪水調節方式は自然調節方式、貯水池の運用は制限水位方式を採用しており、常用洪水吐は、洪水期制限水位(EL.152.5m)および常時満水位(EL.167.4m)にそれぞれ設置しています。

融雪期用放流設備は、融雪期に貯水池を空虚とし、流水の掃流力により土砂を自然流下させることを目的とした設備です。土砂を流下させるため、摩耗対策として、磨耗量の推定が定式化されている宇奈月ダムの事例を参考として、ステンレス鋼などによるライニングを行いました。

取水放流設備は直線多段式とし、選択取水を可能としています。

平取ダム上流面図

また、魚類の生息環境保全として、遡河回遊魚であるサクラマスの移動性を確保するため、階段式魚道、洪水期制限水位標高に魚道ゲートを設けています。堤体内に水位調整用ゲートを設けて魚が遡上しやすい流量を保っています。

サクラマスの移動性の確保のために設けられた魚道

■地中連続壁工法による止水対策

(WEC)
技術的な特徴や苦労された点をお話いただけますか?

(長原支所長)
技術的な特徴としては1つ目に左岸段丘部における止水対策があげられます。

ダムサイトの左岸段丘部には、段丘堆積物が最大25mの厚さで分布しており、段丘堆積物に分布する基質流失部は、地下水の移動により砂礫の細粒分が流出したものとされ、透水性が高く、水位上昇時には浸透経路となる可能性がありました。検討の結果、左岸段丘部は全体として浸透破壊が生じることは考えにくいものの、浸透経路となりうるパイプ状空隙の存在などから、止水対策が必要と判断し、地中連続壁工法を採用しました。玉石混じりの砂礫である段丘堆積物の性状から、確実な施工が可能で施工実績が多く信頼性の高い「コンクリート地中連続壁」を採用しています(L=257.7m、B=1.0m、最大深度約26m)。

ダム本体と地中連続壁の接続部は、堤体端部の処理として堤体基礎とするとともに、確実な止水が必要となるため、段丘堆積物の開削を伴わず、安定性を有する箱型地中連続壁を採用しました。

地中連続壁施工状況全景

■品質確保の課題克服によりダム工学会技術賞、全建賞を授与

(長原支所長)
もう一点は堤体材料の品質確保のための課題克服についてです。

平取ダムの堤体材料には、ダムサイトから約3km上流の河床砂礫を使用しました。しかし、河床砂礫に含まれる泥岩はコンクリートの耐凍害性能を低下させることが、事前に行った耐凍害性試験で判明しました。耐凍害性能が低いコンクリートはダム本体の耐久性を低下させるため、軟質泥岩の含有率が高い粒径20mm以下の原石を除去し、破砕製造した骨材を用いることとしました。そのため、原石の粒度構成のうち50%以上を占める粒径20mm以下の原石を移動式スクリーンにより採取地で除去したうえで、原石を骨材製造設備に運搬するなど、コンクリートの品質確保を図りました。

これらの課題を技術的に克服したことが評価され、ダム工学会技術賞、全建賞を授与されました。

全建賞の盾

■希少猛禽類営巣に配慮した施工の実施

(WEC)
環境への留意事項などございましたらお話ください。

(長原支所長)
平取ダムでは、ダムサイト近傍で希少猛禽類の営巣が確認され、繁殖期には配慮が必要となり、毎年、抱卵開始1ヶ月前の3月から、孵化後1ヶ月経過して幼鳥の羽が正羽に生え換わり工事の影響が小さくなると考えられる6月中旬までの期間は作業を休止し、また、工事再開にあたっては馴化(新たな環境に徐々に適応させる)の考え方を取り入れ、常時モニタリングを行いながら、希少猛禽類の繁殖に配慮した施工を実施しました。

■ダム周辺の地域文化保全の取り組み

(長原支所長)
平取ダムが建設された平取町はアイヌ文化が色濃く残っている地域であり、ダムの建設にあたっては、建設予定地周辺のアイヌ文化保全対策のための調査、それを踏まえた保全対策の検討・実施を、平取町、平取アイヌ協会と長きにわたり取り組んできたところです。管理所にはその取り組みの成果を紹介する展示施設として「ノカピライウォロ・ビジターセンター」を併設しています。

貯水池周辺には多くのチノミシリ(我ら・祈る・ところ=祈りの場)が点在しており、貯水池に水没するチノミシリについては新たな祈りの場とともに、チノミシリを眺望しながら貯水池周縁を散策できるフットパスを整備しました。

平取ダム管理棟から徒歩数分の場所には日本一の広さを誇るすずらん群生地があり、毎年5月下旬から6月上旬にかけてすずらん鑑賞会が開催され、町内外から多くの人が訪れます。すずらん群生地の近傍には、アイヌ文化の伝承に必要な植物を見本的に伝え学ぶための「ノカピライウォロ標本園」を令和4年5月に開園し、すずらん群生地と合わせ見学スポットとなっています。

ノカピライウォロ・ビジターセンター

ノカピライウォロ標本園

■日本酒の長期熟成実験

(WEC)
地域振興としてはどのような取り組みをされていますか?

(長原支所長)
平取ダムでは今年3月より地域の名産のPR・ブランド化を目的に、平取町および日高町で生産された酒米からそれぞれ造られた日本酒を監査廊に運び込み、長期熟成実験を行っています。これは平取ダム堤体内が保管品の貯蔵場所として適しているかを検証するもので、ダム管理者から両町に対して温度・湿度のデータ提供を行い、両町からは実験経過や結果に関する情報提供等をいただき実験の有効性を確認します。最長5年行いますが、まずは2年後に熟成度合いを確認する予定です。地域活性化の推進につながることを望んでいます。

平取町の「涼燗(すずらん)」、日高町の「日高彗星」搬入の状況

■ダムカードは雪景色の中でサーチャージ水位を迎えた美しい写真

(長原支所長)
ダムカードの写真は試験湛水中の令和4年2月にサーチャージ水位を迎えた際のものです。
平取ダム管理支所にて毎日配布していますので、ぜひお越しください。(※配布日時:10:00~16:00/土・日・祝を含む)

平取ダム ダムカード(表面・裏面)

■平取ダムが末永く親しまれることを願って

平取ダムを背景にした長原支所長

(WEC)
最後に一言お願いできますか?

(長原支所長)
平取ダムは、昭和57年度の建設事業着手から約40年もの期間を経て、令和4年に完成を迎えました。この間、事業にご協力頂いた多くの関係者の皆様に深く感謝いたします。

平取ダムが地域の安全安心と発展に寄与するとともに、末永く地元の方々の憩いの場として親しまれることを願います。

(WEC)
本日はどうもありがとうございました。



※図表・写真は全て国土交通省北海道開発局室蘭開発建設部提供

■北海道開発局 室蘭開発建設部 > 河川・ダム HP: https://www.hkd.mlit.go.jp/mr/tisui/nkl4jv000000006y.html