一般財団法人 水源地環境センター
名古屋事務所 可児 裕
「ダムのことをより深く理解して頂きたい」「地域の賑わいに貢献したい」と多くのダム管理者が願っていることと思います。年間100万人以上が訪れる観光名所のダムもあれば、人知れず佇んで人々の安全な暮らしに貢献しているダムもあります。そこで今回は、より多くの人々にダムに来ていただくためのヒントを頂くため、鉄道を使った旅行の提案や旅行商品の企画に携わるJR東海 東海鉄道事業本部 運輸営業部 営業課 課長代理の大野晋さんと、同じく営業課の大谷直也さんに、ダムの魅力にスポットを当てた旅行商品の企画を通して、集客のためのアイデアをお伺いしました。(聞き手:WEC名古屋事務所可児)
(WEC)
まず始めに、一般の人、例えばダムに関する仕事についていない人やダムの近くに住んでいない人などにとって、ダムとはどんな存在なのでしょうか?
(大野・大谷)
もうすでに、「ダムが好き」というバイアスが掛かっている我々が、一般の方の目線でお話できるか分かりませんが(笑)、小学校の社会見学等で行ったことがあるという人は少なくないと思います。ただ、見学に行ったことがある人にとっても、ダムは、「飲み水等のために川の水を貯めておく大きな設備」「大雨などの際、ニュースで映像をよく見る」といった存在なのだと思います。ダムや堰堤、砂防ダムは、構造物の美しさだけでなく、大規模インフラの役割、落成に至るまでの工事の労苦、常日頃の管理業務の大変さがその背景に存在します。それがゆえに奥深い魅力を湛えているのですが、それを知る機会は多いとは言えず、現状の認知度なのだと思います。
(WEC)
一般の人がダムに行ってみたいと思うきっかけは何だと思いますか?ご自身の経験でも結構ですが。
(大谷)
実は私は、京都が誇る重力コンクリート式ダム「日吉ダム」のある京都府南丹市日吉町の出身です。この他、近くには「大野ダム」「畑川ダム」もあり、小さな頃からダムは身近な存在でした。特に日吉ダムは道の駅や温泉施設が併設され、地域の方々の交流の中心地でもあり、地元の花火大会やイベントが定期的に開催されていました。その為、幼い頃の僕にとっては、日吉ダムは「楽しい場所」として刷り込まれていたのだと思います。そうだったかなと私の記憶は曖昧ですが、父が「直也は、休みの度に「日吉ダムに連れて行け、連れて行け」とうるさかった」と言っておりました。そして、歳を重ねるにつれ、ダム建設に注がれた情熱と技術、そしてダムの大きな役割を理解できはじめ、「人類の叡智の結晶である巨大建造物」としての魅力、雄大な自然と調和するダムとダム湖の景色は、私の旅行意欲を掻き立てるものへと変質しました。
(大野)
私も、子供の頃の原体験がきっかけだと思います。私の故郷は、大阪府最南端の岬町という所なのですが、ここには大阪府が管理する「逢帰ダム」があります。また、その少し北に、名前が付いていないダムがありまして、この辺りは私の遊び場でもありました。山の中、細い道を進んでいくと、ぬっと現れる灰色の巨体はとても「カッコイイ」ものでした。その「カッコイイ」と感じる気持ちは今も変わらずにおり、家族との旅行でも、旅先はダムが近くにある場所を選びがちです。途中、「ちょっといい?」と家族に聞くと、「またダム?」と妻や子供から返ってくるのが、もはや大野家の日常です。
そして、今や、ダムカードという素晴らしいものもあり、より一層、「行きたい、そして集めたい」という気持ちが昂じます。なお、私の子供達は、勉強机のシートの下にダムカードを挟んでおり、この光景は嬉しい限りです。この様に、ダムが好きな方が家族や友人を、旅行先の一つとして連れて行くというのもきっかけなのだと思いますし、もはやそれも「使命」なのだとも感じます。
(WEC)
私はJR東海さんの旅行案内誌「Shupo」(シュポ)が大好きで毎号楽しみにしています。今年の夏号、秋号でダムを目的地として企画され、小渋ダム、三浦ダム、味噌川ダムの美しい写真が掲載されています。おそらく一般の人に観光としてのダムといえば、中部地区では黒部ダムがあまりに有名ですが、このようなあまり知られていないダムを取り上げた背景などを教えて下さい。
(大谷)
弊社の観光情報誌「Shupo」をご愛読いただき、誠にありがとうございます。Shupoでは、岐阜県・長野県・三重県などJR東海の沿線各地の魅力的なスポットを紹介しており、読者の方々に、「行ってみたい」と思ってもらえるような記事づくりに励んでいます。
最近は、多くの観光情報が、冊子やインターネットで溢れています。また、SNSの利用者が増え、定番スポットの美しい風景だけではなく、知る人ぞ知るといったスポットや、自分の好きな場所、趣味といったものの写真も多く発信されています。そうした現状から、今までとは異なる切り口で観光を提案してみてはどうだろうかと考えたのです。長野県や岐阜県等、魅力的なダムが多く存在しており、個人的に行ってみたいと思っていた所でもありましたので(笑)、この夏と秋のイチオシ旅行商品として企画し、Shupoへ掲載するに至りました。一昨年の流行語大賞に「インスタ映え」がノミネートされましたが、季節ごとにその顔を変える雄大なダムとダム湖は、まさに、インスタにあげたくなるような写真を撮影できます。そして、先ほど述べたように、ダムの役割や技術力といった認知度が低いならば、それを学べる場を作れば、知的好奇心が旺盛な方々にも喜ばれるのではないか、と考えました。
(WEC)
企画を通すにあたってどのよう苦労がありましたか?またどんな工夫をされましたか?
(大谷)
これまで、Shupoでダムの魅力を前面に打ち出したことはなく、前例がないだけに、「自然美の方が良いのではないか」「好きな方はいるだろうが、一般受けするのか」「旅行商品が売れなかったらどうするのか」といった声は確かに挙がりました。ただ、その旅行商品も、中部地方整備局天竜川ダム統合管理事務所や、長野県南信州地域振興局、大鹿村、松川町、そして、関西電力、王滝村、木曽町などのご協力を得て、「今だけ」「ここだけ」「あなただけ」の特別な体験ができる内容に工夫でき、自信を持って説明し、企画を通していくことができました。
また、Shupoのパンフレットや、駅・車内ポスターにおいて、ダムの魅力を最大限に引き出して発信できるよう、画像の選定にはこだわりました。特に小渋ダムについては、アーチ式の曲線美をいかに大きなインパクトで伝えられるかと、百枚を優に超える画像を集め、思案しました。そして、関西電力様の三浦ダムは、国有林の中にあり、普段は立入禁止エリアです。そうした「秘境感」を伝えようと、こちらも画像の選定には苦労しました。結果的には、自治体様等の多大なるご協力もあって、素晴らしいビジュアルの記事・ポスターを作り上げることができました。自分としても満足のいくものでした。
(WEC)
結果(評判)はいかがでしたか?
(大谷)
Shupo掲載の旅行商品はいずれも大変多くの方にお越しいただきました。東京や大阪からツアーに参加された方もいらっしゃり、中には、ツアー定員に達した為、キャンセル待ちが発生した日もありました。また、小渋ダムの旅行商品では2回も参加された方もいらっしゃいました。
(大野)
なお、アンケートでは「普段見られないダムの設備『土砂バイパス』を見学できてとても良よかった(小渋ダム)」「関係者以外は入れない三浦ダムに特別入れる機会はそうないので、とても感激した」といった声を多くいただきました。そして、商品を企画した者として何より嬉しかったのは、「ダムの職員が、とても楽しそうに説明してくれ、その熱意と楽しさが伝わった」「ダムの説明が分かり易く、とても満足した」「こんなに熱意をもって説明してくれた見学は無かった」という記載です。これこそが、「他ではできない体験」であり、この旅行商品の最大の魅力であったからです。繰り返しになりますが、とても嬉しかったです。
(WEC)
今後ダムをどのように取り上げていきたいですか?
(大谷)
沿線各地には、魅力溢れるダムがまだまだ沢山ございます。我々も、足を運べていないとの忸怩たる思いもございますので、積極的に取り上げを図っていきたいと考えております。Shupoは季節ごとに発行しており、今秋、味噌川ダムの紅葉を取り上げたように、その季節でしか見られないダムの魅力・絶景を発信していければと考えております。ダムは、地域活性化に繋がる「観光資源」でもあります。
(大野)
また、弊社では、春・秋・冬の週末にウォーキングイベント「さわやかウォーキング」を開催しています(無料・予約不要)。このさわやかウォーキングのコースでも各地のダムを取り入れていければ良いなとも考えています。この春は、三重県の三瀬谷ダムや、静岡県の佐久間ダムが含まれたウォーキングコースを開催しましたが、こちらも多くの方にご参加頂き、自治体の方々にもお喜び頂けました。
(大谷)
例年、春と秋に、急行「飯田線秘境駅号」という観光列車を運行しており、この秋も11/16・17・23・24に走ります。2020年の春で10周年を迎えるこの列車は、天竜川沿いを山肌にくっ付くかの様に走るのですが、滔々たる大河川と季節により色を変える山々を車窓から眺め、旅をするのは、中々の贅沢です。なお、その天竜川の雄大な景色は、佐久間ダムや平岡ダムによるものです。三重県の三瀬谷ダムの様に、ダム堤自体を車窓から眺めることはできませんが、暴れ天竜とも称された天竜川の穏やかな水面を見ると、ダムによる治水機能とその有難みを感じ入ります。伊那谷全体に目を向けると、小渋ダムや松川ダム、片桐ダム、横川ダム、箕輪ダム、美和ダム、高遠ダム等、天竜川水系には沢山のダムがありますので、沢山の方に訪れて貰いたいです。そのご旅行の際、飯田線や急行「飯田線秘境駅号」を利用して貰えると、我々としては嬉しい限りです。
(WEC)
ダムに、よりたくさんの人に来て頂くためには、ダム管理者や自治体などはどのような努力をするべきでしょうか?
(大谷)
「努力をするべき」などとは口が裂けても言えませんが、常日頃の保守・管理を最優先とする中で、ダムへの親近感を醸成する様なイベントや見学会といった取り組みを、できれば長い期間で開催頂けると嬉しいです。旅行商品も短期間の限定的なものであると、募集の難しさが高まりますので。
また、ダムそのものが十分に魅力的なものではあるのですが、貴重なダムカードや、ダム設備の特別公開等、限定的なイベントを行っていただけると、より多くの方に魅力を発信でき、ダムを訪れていただけると考えます。「規制緩和」というと大袈裟ですが、「普段は貰えないものを貰える。できないことができる」という企画は、誰もが興味を示されます。実際、ダムカードの収集を目当てにされている方も多く、レアな限定カードであればある程、コレクション熱が高まります。・・・、はい、すみません。私が欲しいです。例えば、今夏のShupoでは、小渋ダムにおいて普段立ち入れない「土砂バイパス」を内部見学でき、そのカードを貰えたのは貴重でした。そして、バイパストンネルの内壁にクレヨンでお絵かきできる企画も大変好評でした。三浦ダムも、そもそも普段は立ち入れないものであるので、限定感がとても高かったです。
(大野)
とはいえ、あくまで、ダムはインフラ設備であり、その役割は治水や発電、飲料水、農業用水、工業用水にあります。その役割を果たす中で、地域振興に繋がる観光業において、観光資源の一つとしてお力をお貸し頂ければ幸いです。
(WEC)
本日は大変お忙しい中、とても楽しいお話をお聞かせいただきありがとうございました。魅力発信に悩む多くのダム管理者や自治体の皆さんにとって、お二人のお話は貴重なアドバイスになることでしょう。