「ダム管理所長に聞く」第21回《糠平ダム》

(聞き手:水源地環境センター 名古屋事務所 可児)

(WEC)
「ダム管理所長に聞く」第21回は、シリーズを開始して初めての利水ダム(発電専用ダム)です。お話は、北海道にある電源開発(Jパワー) 上士幌電力所長の田畑さんにお伺いしました。

田畑所長、どうぞよろしくお願いします。では、はじめに十勝川水系における電源開発の経緯と設備の概要を教えて下さい。

■戦後の急速な電力需要増大へ対応する巨大プロジェクト

  十勝川水系におけるJパワーのダム、発電所 位置図

(田畑所長)
糠平系発電計画は、北海道第二の河川・十勝川の支川である音更川、芽登川、美里別川の水資源と豊富な落差のエネルギーを活用する計画であり、発電に適した地点として早くから注目されていました。

戦後の急速な復興による電力需要増大への対応が急務とされる中、この計画は巨大なプロジェクトと言うこともあり、国策会社として設立されたJパワーに任されることとなりました。

Jパワーは、この十勝川水系を開発するため、1952年に建設所を設置。翌1953年から地質調査、詳細測量、設計などに入りました。

開発は十勝川支流の音更川に糠平ダムをつくり、ダム下流の糠平発電所で発電した水を、同じ十勝川支流の美里別川に導水して芽登第一(元小屋、糠南ダム)・第二発電所(宇煙ダム)で発電、さらにその水を活込ダムに貯水して足寄発電所で発電し最終的に利別川に流し、13万7500kWの合計出力を得ようとするものでした。

1953年に糠平・足寄発電所(糠平ダム、活込ダム含)の工事から着手し、1955年から1958年にかけて芽登第一(元小屋、糠南ダム)、芽登第二発電所(宇煙ダム)を含む4発電所の運転を開始しました。その後、1962年に本別発電所(仙美里ダム)、1965年に幌加発電所(幌加ダム)を建設しました。

十勝川水系の音更川、美里別川、利別川などの川を、上流から下流へ結び階段のように次々と巧みに区切って、水力エネルギーの有効利用を図りながら発電しています。

さらに、十勝川水系に残された貴重な落差の有効利用を図るため、1987年に熊牛発電所(屈足ダム)、1997年には特ダムの札内川ダムにて札内川発電所の運転を開始しました。

2015年には、屈足ダムから放流している河川維持流量を利用した「くったり発電所」を建設し、これにより十勝川水系の合計出力は、19万8570kWになりました。

Jパワー上士幌電力所では、十勝川水系の雄大な自然を活用し、9発電所において平年で合計約8億kWhの発電を行い、そのうち約1億kWhを糠平発電所で発電しています。

十勝川水系における主要なダム、発電所 模式図

電源開発(株) の十勝川水系主要ダム

電源開発(株) の十勝川水系発電所

■「ぬかびら」の語源は「ノカ・ピラ」か「ヌプカ・ピラ」

(WEC)
Jパワーさんの設立は1952年と伺っておりますが、設立と同時に十勝川の開発に着手されたのですね。また、翌年には糠平ダムなどの工事に着手され、1955年から徐々に発電所の運転開始ということで、ものすごいスピードで進められたのですね。

ところで、ダム名になっている「ぬかびら(糠平)」という地名にはどのようないわれがあるのでしょうか?

(田畑所長)
糠平の語源は、アイヌ語のノカ・ピラで「像・崖」を意味し、「人の姿の崖」と言われ、この地名の元となった崖はダム湖に沈んでしまったそうです。今でもダムサイト下流には、柱状節理の発達した安山岩の断崖が続いており、人が立っているようにも見えなくもないです。

もう一つ、ヌプカ・ピラで「野原・崖」という説もあります。糠平ダムが東大雪山系の山麓と十勝平野の境界にあり、貯水池を形成し有効落差を得るには最適な位置にあることから、土木屋としてはこちらの説を支持したいところです。

糠平ダム、糠平湖 周辺地形図(国土地理院電子地図より)

■Jパワーの設備では初の選奨土木遺産に認定

(WEC)
糠平ダムは、土木学会の選奨土木遺産に認定されたそうですね。

(田畑所長)
糠平ダムは、2021年に土木学会北海道支部の推薦により、選奨土木遺産に認定されました。

戦後の電力復興が急務とされる中で1953年に糠平ダムの建設に着手し、当時最大規模の国産機械やダムコンクリート施工では前例のない蒸気養生を採用することで、寒地での短期施工を実現し、着工から3年弱の1956年に運転を開始しました。

3年弱の短期間で運転開始を達成したこと、運転開始以降65年間北海道内の電力安定供給に貢献し続けていることが土木学会に評価され、Jパワーの設備では、初めて「選奨土木遺産」に認定されました。

選奨土木遺産に認定されたことを契機に、記念ダムカード、記念切手、そして糠平ダムカレーなどを計画し、地元のみなさんと相談しながら、糠平ダムの観光資源としての価値をさらに高める取り組みを進めています。

糠平ダムと貯水池(夏)

糠平ダムと貯水池(冬)

糠平ダム 諸元

糠平ダム 工事写真集より

■古代ローマ遺跡のようなタウシュベツ川橋梁

(WEC)
糠平湖には幻の橋ともいわれる「タウシュベツ川橋梁」があるそうですが、いつ見ることができますか?

(田畑所長)
糠平ダム建設の際に、旧国鉄士幌線は左岸側から右岸側に付替えられました。その際、タウシュベツ川橋梁が残置され、時の流れにまかせて風化が進み、まるで古代ローマ遺跡のようです。

糠平ダムでは、年間での貯水池運用を行っており、出水期の終わりには高水位にすることを目指し、冬期の需要期に対応して発電し春先には最低水位まで水位が下がり、5月以降は雪解け水を貯水しながら出水期を迎えることを基本としています。

この運用により、糠平貯水池内のタウシュベツ川橋梁は、7月中旬から12月下旬までは水没している年が多く、河床まで橋梁の全貌を見ることができるのは、例年であれば3月末から5月末の限られた期間となり、幻の橋とも言われています。しかし、2021年は11月と12月に纏まった降雨があり、水位が高い状態で全面結氷しました。その後、発電運用によりダム水位が低下して2022年1月中旬以降にようやく見え始めました。最近は気候変動により降雨のタイミングや量も変わってきています。

タウシュベツ川橋梁(2021年5月1日 所長撮影)

タウシュベツ川橋梁(2022年2月22日 所長撮影)

■2016年の台風被害を契機にスタートした治水協力

(WEC)
さて、記録的な豪雨となった令和元年の台風19号を踏まえて、既存ダムの洪水調節機能の強化に向けた基本方針が示され、全国のダムについて事前放流により利水容量の一部を洪水調節容量として確保することとされました。糠平ダムは、それ以前より治水協力を行っていると聞きましたが?

(田畑所長)
2016年8月に連続して襲来した4つの台風により、十勝川流域において甚大な洪水被害が発生したことを受け、当社は「糠平ダム操作に関する技術検討会」を設置し、気象工学の知見を導入してダム操作方法を見直すべく、学識者等のご意見、ご指導を仰ぎながら検討を行いました。

2017年9月には、技術検討会において検討結果が取りまとめられ、それに基づき、ダム放流量低減に向けた発電専用ダムとして運用(暫定運用)を開始しました。

■大規模出水が予測された場合、新たに1,780万m3の容量を確保

(田畑所長)
暫定運用では、大規模出水が予測された場合、事前に貯水位を目標水位まで低下させ、空き容量の確保に努めることとしています。

目標水位②まで貯水位を低下させることによって確保される空き容量は、以前の運用に比べ1,780万m3増加しました。

■降雨予測や台風情報に基づき水位低下を実施

(田畑所長)
降雨予測や台風情報に基づく水位低下開始基準を定め、基準に該当した場合、貯水位を目標水位まで低下させます。

水位低下は先行降雨による出水でゲート放流している場合に行います。※1

■最大放流量を1,100m3/秒から600m3/秒に低減

(田畑所長)
貯水位を低下させて確保した空き容量を利用し、ダム放流の遅らせ時間※1を延伸させることにより、放流量の低減を図ります。

2016年台風第10号を対象としたシミュレーションでは、現行運用での最大放流量約1,100m3/秒※2に対し、約600m3/秒※2まで低減可能と試算しています。

■2020年に治水協定を正式に締結

(田畑所長)
2020年にJパワーは、北海道開発局および他の関係利水者と、十勝川水系における治水協定を締結しました。

本協定の目的は、既存の多目的ダムに加え、発電ダムでも事前放流により事前に空き容量を確保することで、ダム下流の安全・安心のために治水協力するものです。

なお、糠平ダムにおいては2017年度より先行して実施している暫定運用が、治水協定締結後のダム操作規定においても踏襲されています。

■四季折々の大自然と100%かけ流しのぬかびら源泉郷

(WEC)
観光資源としての糠平ダム・糠平湖の魅力を教えて下さい。

(田畑所長)
糠平湖畔には、2019年に開湯100周年を迎えた100%かけ流しのぬかびら源泉郷があり、日本で最も広い国立公園を構成する大雪山系の四季折々の大自然を楽しむ宿泊客が訪れます。

発電事業のための人造湖である糠平湖ですが、竣工から65年が経過して大雪山系の自然の一部となり、地域の重要な観光資源としての役割も果たしています。

ぬかびら源泉郷と糠平湖
(上士幌町観光協会HPより)

春(4~6月) 旧国鉄士幌線のアーチ橋群
(上士幌町観光協会HPより)

夏(7~8月) 大雪山国立公園 ニペソツ山
(上士幌町観光協会HPより)

秋(9~10月) 紅葉の三国峠(秀逸な道)
(上士幌町観光協会HPより)

冬(11~3月) 冬の糠平湖
(上士幌町観光協会HPより)

ワカサギ釣りのテントと大雪山系

■上士幌電力所では糠平ダムの他、糠南ダム、活込ダム、屈足ダムのダムカードを発行

(WEC)
ダムカードについて教えて下さい。

(田畑所長)
上士幌電力所では、糠平ダムを含めて、一般の方々がアクセス可能な4ダム(糠平ダム、糠南ダム、活込ダム、屈足ダム)について、ダムカードを発行しています。それぞれの配布場所については、当社のホームページでご確認ください。

糠平ダムのダムカード

■50年、100年先も安定した水力エネルギーの供給を

大雪山系を背後にした田畑所長

(WEC)
最後に一言お願いします。

(田畑所長)
ダムや発電所など水力発電事業は地域社会の文化や経済と密接な関係を持っており、流域の皆さまのご理解無しには、発電所の安定運転や機能の維持向上は成し得ないと考えます。

電力所で働く我々の本来業務である保守をしっかり行うことで、流域社会に対して基本的な貢献ができると考えています。

今後も適切な運転、保守を着実に行い、安定的に水力エネルギーを供給し、この先50年、100年と使える設備として次世代に繋いでいきたいです。


(WEC)
本日はありがとうございました。


■電源開発株式会社HP:https://www.jpower.co.jp/
■ダムカード配布案内:https://www.jpower.co.jp/damcard/index.html