「ダム管理所長に聞く」第22回《土師ダム》

(聞き手:水源地環境センター 名古屋事務所 可児)

(WEC)
「ダム管理所長に聞く」第22回は、中国地方最大の河川である江の川に建設された土師ダムを管理する中国地方整備局土師ダム管理所の伊藤所長にお話しをお聞きしました。伊藤所長、どうぞよろしくお願いします。では、はじめに土師ダムのご紹介をお願いします。

■広島市中心部から約1時間、都市近郊の憩いの場

土師ダム位置図

(伊藤所長)
江の川は「中国太郎」とも呼ばれ、源流を広島県に発し、中国山地のほぼ中央を貫流し、島根県江津市の日本海に注ぐ、中国地方最大の一級河川です。

土師ダムは、昭和49年に竣工した江の川本川の上流部の広島県安芸高田市に建設された重力式コンクリートダムで、堤高50m、堤頂長300m、流域面積307.5m、総貯水容量4730万m3の多目的ダムです。

ダム建設の目的は、「江の川の洪水調節」、「かんがい用水」、「発電」、「都市用水(上工水)」です。

また、土師ダム貯水地である八千代湖は、カヌーコースとして利用され、ダム周辺では、サイクリングコース、BMXコース、キャンプ場などのスポーツ・レクリエーション施設の他、約6,000本の桜が植えられ桜の名所となっており、桜の咲く時期には多くの観光客で賑わいます。

広島市中心部から車で約1時間との位置関係もあり都市近郊の憩いの場となっています。

八千代湖と湖畔の活用状況

■太田川への分水、瀬戸内海側地域の水瓶

(伊藤所長)
土師ダムの特徴として、日本海に流れる江の川流域の水を、瀬戸内海沿いの広島広域都市圏の都市用水として利用されていることが上げられます。

昭和40年代の急激な都市化、工業の発展等による水需要に対応するため、日本海に流れる江の川流域の水を分水トンネルにより瀬戸内海側に注ぐ太田川に送る計画とし、その水は広島市、呉市、東広島市、竹原市及び瀬戸内海の島々で水道用水や工業用水として使われ瀬戸内海沿いの広島広域都市圏域の都市用水として地域の発展に寄与するなど、地域を支える非常に重要なインフラとなっています。

ただ、残念なことに太田川に分水し、瀬戸内海側地域の水瓶となっていることはあまり知られてないようで、ダム見学イベントでクイズを行っていますが即答できる方はほとんどおられません。情報発信が不足していると感じています。

土師ダムから広島広域都市圏への送水状況

■立地条件に恵まれた効率的な発電

(伊藤所長)
太田川水系に分水する水を利用して最大出力38,000kwの発電が行われています。

発電は、江の川上流部の土師ダムの水を太田川下流部の可部発電所で発電しています。水系は異なるものの、標高の高い上流の水を標高の低い下流で発電していますので、発電効率が良く、地形的にも土師ダムは、江の川が南東から北東に流れを変える位置にあり、可部発電所は、太田川が南東から南西に流れを変える位置にと、両河川が接近する場所にそれぞれが建設されており、立地条件にも恵まれています。

■近年頻繁に発生する洪水への対応

(WEC)
日本海へそそぐ河川から、太平洋側へそそぐ河川への導水はとても稀な事例ですね。
さて次は治水についてお伺いしたいと思います。近年全国各地で記録的な降雨が発生していますが、江の川ではどのような状況でしょうか?

(伊藤所長)
土師ダムの下流の江の川は、山陰山陽を結ぶ大動脈である国道54号が接し走っているほか安芸高田市、三次市の市街地を貫流しています。

土師ダムの目的として江の川の洪水調節があげられますが、その江の川では、平成29年7月、平成30年7月、令和2年7月、令和3年8月と近年毎年のように、氾濫危険水位を超える出水となり、氾濫が発生しています。

また、令和3年8月の前線による大雨では、ダム完成後2番目の流入量を記録、土師ダム地点では、2時間で138mmと非常に激しい雨を記録しました。気候変動の影響から雨の降り方が頻発化・激甚化していると言われていますが、実感していますし、土師ダムの洪水調節の役割もますます大きくなっていると感じています。

令和3年8月の大雨では、ダム流入量1070m3/sに対し、ダムに570m3/s貯留し、ダムからの放流量を500m3/sにすることにより、下流吉田地点において110cmもの水位を低減し、越水を回避するという非常に大きな治水効果がありました。

■ダム放流の誤解を招かないため、ダムによる河川水位の低減量を早く伝える

(伊藤所長)
一方、土師ダムは一定率一定量方式の洪水調節を行っているため、大規模な降雨が発生した場合、ダムからの放流量は時間的に増加し、この放流量の増大時に下流残流域から流出する流量の増加も相まって、下流河川の水位が上昇します。ダムへの流入量を大幅に減らして放流しますが、ダム放流量の増大時に下流河川の水位が上昇するため、ダムによって水害が助長されたとの誤解を受けやすい側面があります。

このような誤解を招かないため、リアルタイムで下流基準点の「ダムによる河川水位の低下量」を中国地方整備局のホームページで提供するとともに、洪水後概ね一週間を目安としてダムによる水位低下量、浸水被害軽減効果も含めたダムの治水効果を公表するよう準備をしています。

効果を一般に公表することは、説明責任を果たす上で重要ですし、ダムを知ってもらう大変重要な機会だと考えており、時間が経つと感心も薄くなり、時期を失しないようにできるだけ早い段階で、正確な情報を提供する必要があると考えています。

また、受け手にイメージがし易い説明資料を作成する必要があります。

ダムが無い場合の推定流量や浸水被害軽減効果を、公表に耐えられる精度が確保された正確な情報として公表するため、公表用のひな形の作成、推定流量算出のための人員の確保、流量規模毎の氾濫計算等の事前の準備を万端にして対応を図っています。

とはいえ、推定流量と下流被害の状況の整合や他の発表資料との整合を図る作業により、一週間では発表が行われていない実態もあり、早期公表に今後とも努力して行きたいと思います。

  ホームページによるリアルタイムな水位低減効果の公表

水位低減効果を早期公表

■Twitterを活用したタイムリーな情報提供と日常のつぶやき

(WEC)
情報を正しく理解していただくことは本当に難しいですよね。他には何か取り組んでおられることはありますか?

(伊藤所長)
土師ダムでは、約4年前からTwitterでのツイートを始めています。

洪水調節状況の他、土師ダムや周辺にまつわる様々な情報を提供しています。あっては欲しくありませんが、緊急放流を行うような時に、フォロワーの方にリツイートして頂き、拡散してもらい避難等に繋がればと考えていますが、そのためには、多くの方にフォロワーになって頂く必要があり、日頃から多くの方に興味を持って頂けるツイートを出来るだけ切れ間なく、発信するよう心がけて行っています。

昨年度、約120回のツイートを行い、現在、約800名の方にフォロワーになって頂いています。魅力的なツイートを頑張りますので、フォロワーよろしくお願いします。

防災操作時のリアルタイムな情報発信

平素からの情報発信状況(桜の情報)

■地域で守る6,000本の桜の名所

(WEC)
Twitterでは桜の情報がとても多く発信されていますが、土師ダムの桜について詳しくご紹介していただけますか?

(伊藤所長)
土師ダムは、広島県の中央部に位置するなだらかな丘陵地帯で、山陰山陽を結ぶ大動脈である国道54号に接し、人口が集中する広島市中心部から約1時間と利便性に優れた場所に所在し、特に桜の咲く季節には多くの花見客が訪れて頂いています。

土師ダム貯水地である「八千代湖」湖畔周辺には約6,000本の桜が植えられ、桜の名所として知られ、今年も多くの方に訪れて頂きました。

いつ頃から名所となったのかは明らかではありませんが、昭和62年の手づくり郷土賞〈土師ダムスポーツランド〉には「五〇〇〇本にも及ぶサクラが水面に映え」とありますので、この頃には多くの桜が植えられていたことが伺えます。

八千代湖湖畔に咲き乱れる満開の桜

その桜ですが、老齢化が進み、てんぐ巣病などにかかった桜や成育不足の桜も多く、場所によっては著しく景観を損ねていました。

このような中、平成19年に土師ダムの桜を後生に継承し、桜を愛し楽しむ人を「桜守」として、桜の維持・保育を図っていく「桜守りプロジェクト」を立ち上げ、約100名の参加を得て、12月と3月にほぼ一日をかけ施肥、剪定、下刈等の作業を実施して頂いています。「桜守りプロジェクト」は、河川協力団体として、現在活動を行って頂いています。

桜守の活動は、約300名の方が桜守として登録され、その多くは地元安芸高田市の方ですが、近隣の広島市在住の方も多く、交流の場にもなっています。

桜は、土師ダムの大きな魅力となっており、広域的な交流や連携には欠くことの出来ない花であり、熱意のある方々に支えられる大切な桜です。

桜が取り持ってくれたダムの魅力や応援して頂いている方々は、土師ダムにとって大きな財産となっており、大切にしてきたいと思っています。

桜守プロジェクト集合写真
(令和3年12月)

桜守プロジェクトの活動状況

■新型コロナウイルスとイベント・管理運営

(WEC)
コロナ禍ではどこのダムもイベント等の運営に苦労されていますが、土師ダムではどのような工夫をされていますか?

(伊藤所長)
令和2年1月からの新型コロナウイルスの感染拡大による緊急事態宣言やまん延防止措置等の発令などがあり、行事やイベント等の開催制限や様々な要請・取り組み等がなされ、また、状況に応じその内容も変化してきました。

土師ダムにおいても、環境整備事業で整備を行った「のどごえ公園の閉鎖」、「ダムカードの配布の停止」、「土師ダムマラソン大会の中止」、「桜まつりの出店・催しものの中止」等の全てのイベントについて、開催の是非、開催方法の見直しを状況に応じて見直しながら実施しています。

例えば、例年ですと、7月下旬の「森と湖に親しむ旬間」にダム見学イベントを行っていますが、令和2年は第2波、令和3年は第5波の時期にあたってしまい、いずれも感染の治まった11月に例年より縮小し、また感染防止対策を取っての実施としました。

令和2年の開催は、コロナ感染が一時的に収まった時期の郊外型のイベントということもあり、予防対策等の準備は大変でしたが、過去最高の来場者(とはいっても200名程度ですが)となり、中止にしないで良かったと感じています。

多くの方にダムに訪れて頂きたいし、ダムのことも知って欲しい、笑顔も見たいです。今は出来ることを精一杯して、ダムに訪れる皆さんの期待に少しでも応えたいと思っています。

土師ダムでは、旅行会社と提携して、日帰りツアーの一部に土師ダムの見学を入れて頂き、土師ダムの役割やダム堤体内部を見学して頂く取り組みをしています。

募集すると直ぐ埋まるとのことで、人気は高いようです。

これらのツアーもやはり、昨年募集をしましたが、コロナ感染拡大により中止となってしまい、結果的に1回の開催に留まりました。

見学される方は広島市内の方が多のですが、土師ダムの水が流域を越え太田川に流れ広島市の水瓶として利用されていることを知っている方はあまりいらっしゃらないので、これらの機会を通じてPRしています。

一方で、ダム管理所は、通常でも運営に必要な最低人員しかいない状況もあり、職員のコロナ感染はダム運営に重大な支障を生じさせます。

庁舎内の消毒、一箇所で事務を行わないように職務場所の分散、車の乗り合わせを考慮した分散出勤、在宅勤務などを実施し、職員間での感染に注意を払った管理所運営としています。現在のところ感染者を発生することなく運営できていますが、気の許せない状況が続いています。そのため、感染者発生した場合に備え、欠勤時の交代職員の準備や、ダムの操作・運用について職員全員が学び、誰もが操作・運用にかかる一連の作業ができるよう取り組んでいます。

土師ダム見学イベントの案内

ダム見学イベントのコロナ感染対策状況

■管理所長となって思うこと

(WEC)
それでは最後に一言お願いします。

土師ダムを背後にした伊藤所長

(伊藤所長)
土師ダム管理所では、次の3つのことを大切に管理したいと思っています。

一つ目は、ダムそのものの目的を果たすこと、目的は「洪水調節」「上・工水の補給」・・・とありますが、これは出来て当然のことですし、また、特別防災操作、事前放流等のダムの機能を最大限活用することも同様で確実に実施しますし、施設の管理も準備も怠りなく、体制も整え行っていきたいと思います。

二つ目は、避難につなげる情報発信を行うこと、提供情報を正しく理解をして頂くことだと思っています。これは地域の皆さんに発信していかなければならないことです。うまく伝えるためには、工夫も必要だなあと感じています。

三つ目は、次代にダムの魅力を伝え、魅力あるダムを継承してくこと。ダム管理所だけではなく、自治体や応援してくださる皆さんと一緒になって進めていきたいと思います。


(WEC)
本日はお忙しい中、本当にありがとうございました。


■土師ダム管理所HP:https://www.cgr.mlit.go.jp/haji/
■Twitter:https://twitter.com/mlit_hajimaru