令和5年11月22日(水)、千代田放送会館(東京)において、一般財団法人 水源地環境センター(WEC)の 第24回技術研究発表会を開催しました。
新型コロナウイルス感染は落ち着きを見せていますが、客席での離隔確保など最低限のリスク軽減の配慮は継続しながらの開催となりました。また、Webによる配信を併用したハイブリッド形式での開催も4年目となりました。聴講者数は、来場者数94名、Web聴講数197アクセスに達し、盛況となりました。
冒頭、当センターの平井理事長が開会挨拶として、国土交通省の吉野川ダム統合管理事務所で、ダムの働きを13のターゲットと関連づける取り組みが進行中で、SDGsのワークショップも開催される用になった件を紹介し、奇しくもコロナ禍の中開催された2年前の発表会で理事長がダムの貢献とSDGs(持続可能な開発目標)の関連性に触れたことが実現した形になったと報告しました。
また、昨年国土交通省が打ち出したハイブリッドダム施策について言及し、相互に乗り入れ禁止だった空間が乗り入れ可能な互助空間となることにより、治水、発電、地域振興の組み合わせが生まれ、二刀流ならぬ多刀流のインフラに進化しすることから生じる新たな可能性を指摘し、既に発電と地域振興の組み合わせによる事業スキームの検討が始まったダムもあることに言及しました。
次に、永年、ダム水源地土砂対策研究会とWECで進めてきた土砂分級技術確立の研究が、矢作ダム(直轄ダム)での現地実証実験の段階にまで来たことを報告、製品開発でよく言われる「死の谷・魔の川」を超え、新たなステージに進める時が来たと述べました。さらに、土砂分級技術の品質とコストの問題を取り上げ、これは国内技術の海外展開に関する議論と類似しており、コストと質のバランスが重要だと指摘しました。土砂分級技術は、異なる地域のニーズに対応するためにコストと品質の多様なメニューを提供する必要があり、まずは難易度の高い矢作ダムでの実証実験をクリアすることでハイスペック品質の技術を確保し、将来の多様なニーズに答え、その先にある「ダーウィンの海」を超える原動力になるであろうと述べました。
そして、本日の特別講演者である京都大学防災研究所水資源研究センター教授の角 哲也先生を紹介し、先生のダム・河川における業績に言及しました。さらに、日本人として約10年ぶりの世界大ダム会議副総裁選出されたこと、内閣府の戦略的イノベーション創造プログラムにおける重要な役割を担う先生の指導の元、WECが研究の一端を担当することになったことを報告しました。
最後に、角先生が中心となり纏められ、最近出版された「ダムと環境の科学」第4巻「流砂環境再生」(京都大学学術出版会)について紹介し、流砂系の総合土砂管理における諸課題を解決するための提案、「砂防ダム、河川海岸環境、利水者、港湾管理者などなど、様々な関係者のプラスマイナスの御意見を連立不等式で考え、共用範囲を見出すための連立不等式の解を探すべきだ」という提言に目からウロコが落ちた思いであると述べて挨拶を締めくくりました。
開会挨拶の後、京都大学防災研究所 教授 角 哲也先生の特別講演がおこなわれました。
角先生は、国際的な河川研究の権威であり、国際大ダム会議の副総裁を始め河川工学の分野において指導的な立場で活躍されている方です。
特別講演は、今年の9月に京都大学で開催された応用生態工学会の紹介から始まりました。
今回第26回となった応用生態工学会では、「森川里海、総合土砂管理」、土砂管理だけではなく、流域治水と総合土砂管理を一体として議論するというコンセプトで開催されたものです。
角先生は、応用生態工学会の開催内容について解説をされながら、河川における河道の連続性や接続性の重要性を指摘しました。また、土砂があることによって多様な環境の創出や樹林化抑制などの効果があり、多様な観点から許容できる範囲での最適化をはかることが最善で、治水、利水、環境とか経済とか社会という色々なファクターを考慮して、それぞれが許容可能な範囲を示す連立不等式を立てて解いていくべきだと述べられました。
また、関連して開催された公開シンポジウムを紹介しつつ、流れ・土砂・流木という川の中の大きなファクターがどういう変動性を持っているかが重要で、かつ平均量とその変動が共に適正範囲に収まっていること、また、土砂というのは量だけではなく粒径も大事だと指摘した上で、多様性を生み出すためのちょっとしたアクセントが河川整備では大事だという話をされました。
さらに、河川の掃流砂供給維持は、当然土砂だけでは駄目で、流量と土砂が組み合わさってバランスが取れていることが大事であり、様々な関係者にその必要性を説明し、コンセンサスを得ていくことが求められると述べられました。
その後、最近出版された「ダムと環境の科学 第Ⅳ巻「流砂環境再生」」に触れ、特に土砂管理の今後についての座談会の章は大変興味深い内容となったと紹介されました。
最後に土砂資源マネジメントについて触れられ、全体として有効活用していくということが大事で、藤田正治先生の造語「PDRsU」 を取り上げ、これをしっかり持続的にやっていくことが重要だということ、南海トラフ地震など大災害発生時の復興資材への土砂の転用可能性を指摘して、事前復興という観点で土砂を安定的に蓄えておくということが重要で、それが土砂管理にも繋がっていくのではないかと論じられ、講演を終わられました。
短い時間の中ではありましたが、角先生の豊富なご見識・ご提言を拝聴することができ、聴講者の皆さんからは感謝の拍手が場内一杯に鳴り響き、特別講演は終了となりました。
なお、先生の講演内容については、次号で改めて詳しくお伝えしたいと存じます。
※「流砂環境再生」は、先生のご講演をさらに詳しく論じた書籍となっております。特に「PartⅣ これからの土砂管理」は河川工学の第一線でご活躍の先生方の話を生で感じられる貴重な章となっており、必読の一冊としてぜひおすすめしたい内容です。
ダムと環境の科学Ⅳ「流砂環境再生」 | ISBN 978-4-8140-0499-7 | |
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編著者 | 角 哲也 | |
竹門 康弘 | ||
天野 邦彦 | ||
一柳 英隆 | ||
企 画 | 一般財団法人水源地環境センター | |
発行人 | 足立 芳宏 | |
発行所 | 京都大学学術出版会 | |
定 価 | 本体6,300円(税別) |
WECの研究発表の最初は、「SIP第3期・流域内の貯留機能を最大限活用した被害軽減の実現~流域治水と流域利水の実現に向けて~」と題して、研究第1部 主任研究員 最上 友香子が発表しました。
本年度9月より水源地環境センターにおいて、京都大学他6つの共同研究機関とともに、研究開発に取り組んでいる内閣府総合科学技術・イノベーション会議が推進する、戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第3期課題「スマート防災ネットワークの構築」のうち、サブ課題「流域内の貯留機能を最大限活用した被害軽減の実現」の研究開発計画について紹介しました。
WECでは今後、「既存インフラの貯留効果を最大限発揮することを可能とするシステムの開発」として、「流域内の多様な主体間での監視情報共有ネットワークの構築(監視情報一元化)」「流域内の既存インフラのリアルタイムでの治水貢献度(貯留状況・余力評価)の見える化」「最適操作シナリオ提案に基づく、流域内の既存インフラの連携」に関して研究開発に取り組んでいくとともに、最も課題と考えられる流域治水における利水安全度の低下リスクを最小化する技術の開発にも取り組むことを説明しました。
最後に「引き続き本研究開発に取り組んで参りますので、その成果については次年度以降の本研究発表会の場などで随時ご報告していきたいと思います。」と述べ、発表を終わりました。
2番目は、「ダム等の管理に係るフォローアップ制度の今後のあり方~制度開始から20年を経たフォローアップ制度の実態と今後のあり方の提案~」と題して研究第1部 次長 浅井 直人が発表しました。
フォローアップ制度は、平成8年に制度ができ、14年から本格運用、15年から全国に展開されていったということで、20年を経たフォローアップ制度の実態を整理するとともに、ダムを取り巻く環境変化、ダムへのニーズの変化を踏まえた今後の本制度のあり方を中心に発表しました。
フォローアップを行うにあたり、定期報告書の手引きというものが平成15年に出、平成26年に改訂され、これが今の最新の手引きとなる。ダムごとの特性を踏まえ、よりよいダム管理に向けて活用可能な検討評価を行うことを基本方針に改正がなされた。
年次報告書は毎年作成され、これには各種ダムの情報がまとめられる。この年次報告書を基に、様々な分析評価と課題の洗い出しが行われ、ダム管理の適切性、効率化、透明性の確保に繋げられていて、年次報告書は年次ごとに更新され、ダムの状況を把握するための貴重な情報源となっている。
続いて、定期報告書で規定の項目を超えた取組みがなされている近年の特徴的な事例について紹介を行いましたまた、年次報告書においても各地整で工夫がこらされている事例についても触れました。
このように進化を見せてきたフォローアップではあるが、ダムを取り巻く環境やニーズの変化に伴い、ダムの役割も多様化している。さらに、「定期報告書の手引き」の26年改定以降でも各種基準、マニュアル、手引き等の更新、追加、新設があり、フォローアップの中での対応がもとめられるところだが、報告書の構成には対応できている部分と、対応できていない部分混在している実情について言及しています。
その他、水質調査の見直しや外来種への対応について触れた後、このような状況のもと、全国事例を総括した形で集め、好事例を全国展開することにより分析評価の高度化が前地整で進められるのではないかと述べました。
さらに、フォローアップで得られた知見をアクションに繋げ、さらにプランの見直し、実行というPDCAサイクルのさらなる強化が重要だとし、そのための項目を3つ提案しました。
・最近の社会情勢に合わせた形でメリハリをつけた重点管理項目設定を実施(一部地整で実施済み)
・今までは、定期報告の5年に一度のチェックという形であったが、フォローアップで得られた知見への対応を1枚のカルテに整理し、毎年チェックできる運用(一部地整で提案)。
・毎年全ダムの状況を確認していけるよう、年次報告を強化、徹底。
最後に、フォローアップ制度を活用することにより、効率的で、より良いダム等管理を実現するためにWECもともに貢献していきたいという希望を述べて発表を終わりました。
研究発表の3番目は、「WECにおける堆砂問題への取り組み~ダム堆砂細粒分除去技術とSIPスマートインフラを中心として~」と題して、研究第2部 部長 小野 雅人が発表しました。
まず、国交省が公表している全国の多目的ダムの堆砂データを示し、既に計画堆砂量に対する堆砂率が100%を超えているダムが66ダムあることを指摘して、直ちにとは言えないが、今後年数の経過に伴い問題が顕在化していくことは避けられないとし、堆砂問題がダム機能に影響を及ぼした具体的な事例として、裾花ダムでのコンジットの閉塞と下久保ダムの利水放流設備付近で緊急的に行われた浚渫について説明しました。
次に、堆砂問題に対処するためにWECで行っている様々な取り組みを紹介しました。その中ではまず、分級技術の研究に焦点を当て、広範な粒度分布と多くの夾雑物を含むダム堆砂を現場のニーズを踏まえて有効活用するという分級技術の目的について説明し、高滝ダムや矢作ダムでの実証実験を通じて、多様な現場ニーズに応え得るシステムが提案できるようになりつつあると報告しました。
また、SIP第3期の「スマートインフラマネジメントシステムの構築」において、WECでは効率的な堆砂除去技術として、主として海洋工事で用いられてきた水中バックホウをダム堆砂除去へ適用するための技術開発を目指していると述べました。
最後に、角先生が委員長を務めておられる「ダム土砂マネジメント研究会」から技術的な指導・助言を得て、土砂バイパストンネルの計画検討時における検討手順や判断基準等を具体的に整理した「土砂バイパストンネル計画策定のための参考手引き(案)を紹介して発表を終わりました。
WECの研究発表の4番目は、「WECにおける水質技術開発に関する取り組み~浅水深貯水池におけるアオコ対策確立へ向けて~」と題して、水質技術室長 木村 文宣が発表しました。
木村は、ここ10年ほどWECで取り組んでいる水質技術開発の成果と、今後の目標について説明したいと述べ、発表を始めました。
平成27年に国交省・水資源機構のダム管理者の方々を対象に実施したアンケートで、「水質問題がありますか?ありませんか?」という質問と、「水質保全対策を実施されてますか?されてませんか?」という問いかけをしたところ、冷・温水、濁水長期化、底層嫌気化については「水質保全対策をした」回答者は、「水質問題がありません」と回答したケースが多い反面、富栄養化については水質保全対策をしたにも関わらず、「水質問題があります」と回答したダム管理者が非常に多く、富栄養化に関する水質問題の解決は難しいことの現れであると述べました。
平成24年9月にWECで発足した「ダム貯水池水質保全対策研究会」では、実用レベルの水質管理や水質改善手法の確立を目指し、他分野の知見や技術の活用も視野に入れて、より広い視点から調査研究をするという考えで取り組んでおり、当面の研究テーマとして「アオコ」に着目をしていると語りました。
続いて、各取り組みにおける技術研究開発にテーマが移りました。
1件目は、「アオコレベルチェッカー」についての技術紹介を行いました。アオコの発生状況について、人の見た目ですとその人の主観、光の影響、その日の雲の陰り方、等で見え方が左右され、客観性が欠けてしまうという課題がありました。この課題に対して、アオコレベルチェッカーという客観的にアオコの発生状況を測定できるアプリを開発したことを説明し、現在までに現場での操作性向上、アウトプットデータのクラウド自動保存といった改善を進めていると報告がありました。
2件目は、「アオコ予報」についての発表でした。程木先生(中部大准教授)が開発された手法を社会実装化するという取り組みです。アオコが光合成する際の活性度を測定し、高活性の判定が継続すればアオコの増加が予測されるという技術で、これに関する技術レポートを取りまとめたことが報告されました。
3件目は、気泡式循環装置をはじめとする既往のアオコ対策技術は深い貯水池でしか高い効果が期待できなかったため、浅い貯水池でも対応できる手法の1つとしてプロペラ式湖水浄化装置の開発を進めていることを紹介しました。本装置は、導入実績は多数あるものの、効果の標準化や設計論への展開については途上であり、今まさに現地調査や現地実験に取り組み、設置運用マニュアルを適宜更新して公表を進めている状況であるとのことでした。
4件目は、3件目の発表と同様、浅い貯水池でのアオコ対策を念頭に置いた、加圧チャンバー式湖水浄化装置についての紹介でした。本装置を通過するアオコは、加圧によるガス胞破壊と小さな穴を通過する際のせん断による群体破壊がなされ、これによりアオコを処理するという原理のものです。これについては、今後実証実験とマニュアル化に取り組んでいく段階であると述べました。
最後に、分野横断的に色々な側面から多くの技術を活用して、水質対策や、水質監視などに対しての新たな技術を見いだして、それを社会実装していきたいということをモチベーションに調査研究を進めているので、興味をお持ちの方と是非一緒に研究していきたい、門戸は広げておりますので、お声掛けを頂きたいと延べ、発表を終わりました。
WECの研究発表の5番目は、「水源地環境等に関する最近のトピック~水源地生態研究会やWEC応用生態研究助成等を中心として~」と題して、研究第3部長 安達 孝実が発表しました。
安達の発表は、「水源地生態研究会」における取組と「WEC応用生態研究助成」における取組に関するものでした。
前者の「水源地生態研究会」は、ダムが生み出す生態系を科学的に把握し、水源地のあり方を探求することを目的として2008年に組織された研究会です。その後、2020年に3研究部会制に改組され、WECが事務局をしています。
発表では、「水源地生態研究会」の経緯・体制とあわせ、令和4年9月に開催された応用生態工学会の自由集会「ダム水源地生態研究の進展」の様子等を説明し、「ダム湖生態研究会」「ダム下流生態研究部会」「新技術・データ管理研究部会」の3研究部会の目的や取組、成果等を紹介しました。
あわせて、水源地生態研究を進めるための人材とテーマを発掘するために設けられた萌芽研究制度の取組や、研究会のアウトリーチについても紹介しました。
後者の「WEC応用生態研究助成」は、ダムに係わる生態環境について調査・研究の促進を図るために、WECが公募研究助成を行っているものです。本助成では、平成17年度から令和5年度までに計19回の採択が行われ、総助成件数が87件に達しています。ちなみに直近の採択件数は4件です。
発表では、これまでの応募件数や採択件数等とあわせ、これまでの研究がどのような生態系や場を対象としているかなども紹介しました。あわせて、直近の助成要領の変更(令和5年度の変更)が、若手研究者による助成制度の活用促進を目的としたものであり、20歳代の若手研究者の研究課題が新たに2課題採択されたことについても説明し、発表を終わりました。
なお、「水源地生態研究会」における取組や「WEC応用生態研究助成」における取組は、技術研究発表会で配布された「令和4年度研究成果 水源地環境技術研究所 所報」でも紹介されていますので、ぜひ御覧ください。(「水源地生態研究会」:P67~76、「WEC応用生態研究助成」:P79~83)
最後に、当センター 理事 小平 卓 から閉会の挨拶としてスピーチがありました。
小平は、会場の参加者とウェブ経由の聴講者に感謝を述べた後、角先生の本を自分も読んでおり、その充実した内容に感嘆しており、皆様にもぜひ一読していただければと述べました。
次に、昨今の激甚化する洪水対策の分野では「事前放流」や「田んぼダム」など省庁間の枠を超え連携し、使えるものは何でも使っていかなければならない状況であることを強調しました。
最後に、今日のWECからの研究発表に話題は移り、特に最初の発表でのSIPに関する取り組みについて言及しました。WECが事務局としての役割も受け持っていることに触れ、精一杯取り組んでいく所存であるが、今後も引き続き多方面から知恵を借り、助力を得ながらやっていきたいと述べ、挨拶を終えました。
今回は、来場、Web聴講の方々多数のご参加をいただき、誠に有難うございました。
研究員一同、さらに研究の深度を深め、新たな知見をご報告できるよう研鑽に努めてまいる所存です。
講演者・発表者の方々、来場、或いはWebでの動画配信を通じて聴講いただいた皆様方、誠にありがとうございました。