令和元年11月29日、千代田放送会館において開催した、一般財団法人 水源地環境センターの第20回技術研究発表会については、2020年1月号として報告したところですが、このうち東京大学名誉教授 太田猛彦様による特別講演「森林の現状と林業政策の転換」の内容に関してその概要を紹介します。この講演は、東京大学名誉教授 虫明功臣様と共に監修された、「ダムと緑のダム」(2019年、日経BP:水源地ネット12月号で紹介)の出版を記念したもので、自ら執筆された部分を中心にお話いただきました。(太田先生の了解のもと、講演資料を抜粋のうえ構成しています。)
太田名誉教授は、1941年東京都生まれ。東京大学大学院農学系研究科修了(農学博士)後、東京農工大学助教授を経て東京大学教授、東京農業大学教授。砂防学会長、日本森林学会長、日本緑化工学会長を歴任。林政審議会委員、東京都森林審議会会長等を務め、現在FSCジャパン議長、みえ森林・林業アカデミー学長、かわさき市民アカデミー学長。専門は砂防工学・森林水文学。代表的な著書は「森林飽和」(2012年、NHK出版)などがあります。
太田先生
○農業社会以前/縄文時代(紀元前600年以前)は、森を利用したもっとも豊かな狩猟採集民族文明(ジャレド・ダイアモンドによる )
○自然資源が豊かで、農耕を受け入れる必要がなかった
○完璧な自然共生社会/持続可能な社会
○原植生をそのまま使ったわけではない。天然林が枯渇し、人工植栽が始まった。
○スギ・ヒノキの人工林
・建造物・家具などの材料として最適
○里山の二次林/雑木林・農用林・薪炭林 (落葉広葉樹)
・成長が早い(20年程度)
・萌芽更新可能
・燃料材として適切
・落葉は養分豊か(クヌギ・コナラ)
○この光景は1950年代まで続いた
○稲作農耕森林(木材)社会の繁栄
稲作農耕社会といわれるが、実際は森林資源を利用した人口3000万人の暮らしがあった
○農用林・生活林が不可欠
・資源量に限界がある
・山地荒廃(表面侵食・表層崩壊)
○熊沢蕃山・河村瑞賢・角倉了以など儒学者の治山治水」思想「木を植えよう」思想の始まり
○諸国山川の掟:森林の伐採及び樹根の掘り取りの禁止・植栽の奨励
○留め山・留め木:保護林制度
○土砂留め工事(17世紀以降)
土砂留奉行・土砂留方が山腹工事・山腹緑化工
○砂留め工事(1700年頃から)
・渓流工事・堰堤工
○海岸でマツの植栽(17世紀以降)
○明治時代中期: 森林荒廃がピークに達した時期
・治水三法と森林治水事業の開始 (土砂流出防止と植林)
○戦前: 天然林の開発(奥山)と里山での「拡大造林」
(注)拡大造林はもともと里山、二次林のスギ・ヒノキ林化
○戦中、戦後:奥山での乱伐・奥山での「拡大造林」
○その後:治山・砂防・造林事業が進展、燃料革命・肥料革命
・里地・里山システムの終焉(日本人が森から離れた)
○現代: 人工林の成長と里山林の回復
日本の森林は、何世紀にもわたる荒廃の時代から400年ぶりの緑を回復している
○表面侵食の消滅/表層崩壊の減少
・深層崩壊が目立つ
・土砂災害対策の見直し(深層崩壊対策の必要性)
○森林が成長した
○豪雨の規模が大きくなった
○森林の表層崩壊防止効果により浅い表層崩壊発生数は激減
○大規模豪雨で厚い表層崩壊が多数発生
○単独の表層崩壊に洪水流出水が加わって土石流化
○表層崩壊は必ず流木を発生させる
・流木災害の多発
○激甚な土石流災害
2014年 広島市
2019年 九州北部豪雨等
○農林水産大臣から日本学術会議に対して諮問された「農業・森林の多面的な機能」についての、日本学術会議から農林水産大臣への答申(2001)
“地球環境 ・人間生活にかかわる農業及び森林の多面的な機能の評価について”の中で森林と人間の関係に関する「森林の原理」 を提案した。
※国連のミレニアム生態系評価とほぼ一致している。
○環境原理を犯さない森林の管理と利用、すなわち、環境原理と物質利用原理の両方を満たす森林の管理と利用こそ「“持続可能な”森林の管理と利用」
○それを可能にする技術と施策が必要
・それは多面的機能の持続的発揮の技術
・それを保証するのがFSCなどの森林認証
○“多面的機能の持続的発揮”には「森林の原理」で対応
○地球サミット国連環境開発会議(1992年)
・気候変動枠組み条約
・砂漠化防止条約
・生物多様性条約
・森林原則声明
○国連ミレニアムサミット(2000年)→2001年策定
・MDGs(ミレニアム開発目標)などを目指す、2015年を期限とする発展途上国向けの8つの国際社会の開発目標
○国連サミット(2015年)
SDGs(持続可能な開発目標)
・全人類の“誰一人取り残さない”持続可能な社会の実現のための、先進国を含めた全世界が2030年に達成すべき17の国際目標
太田先生の特別講演は、1時間程度の限られた時間の中、実に内容が豊富でした。森林と河川・砂防の関わりだけに留まらず、生物多様性やSDGsなど、幅広い視点から森林を捉えた分析と、豊富なご経験に支えられた知見が随所に感じられ、聴衆の方々も固唾を呑んで聞き入っていました。聴講者は、林学以外が専門の方々が多かったのですが、学際的な講演内容の展開に、誰もが満足を感じておられるように見受けられました。