「ダム管理所長に聞く」第42回《松原ダム・下筌ダム》

2024.1掲載 
(聞き手:水源地環境センター 研究第一部 最上)

(WEC)
「ダム管理所長に聞く」第42回は、九州地方整備局 筑後川ダム統合管理事務所にお伺いしました。令和5年に管理開始から50周年を迎えた松原ダム・下筌ダムについて、これまでの歩みと今後のダム管理の展望などをお聞きしたいと思います。

甲斐所長、どうぞ宜しくお願いします。
それでは初めに「松原ダム・下筌ダム」の概要について、ご紹介願います。

■松原ダム・下筌ダムの概要

(甲斐所長)
松原ダム・下筌ダムが位置する筑後川は、九州の北部に位置し、熊本県、大分県、福岡県及び佐賀県を流下して有明海に流れ込む幹川流路延長143km、流域面積2,860km2 の九州最大の河川です。

上流域では山地地形を利用した水力発電が多く行われ、中下流域では広大な水田等の農業用水や、都市の水道用水、工業用水等として水を利用しています。

筑後川水系の治水事業は、未曾有の被害をもたらした昭和28年6月の洪水を契機として昭和32年に「筑後川水系治水基本計画」を策定し、洪水調節と発電を目的とした多目的ダムとして松原ダムと下筌ダムが位置づけられ、昭和48年に完成し管理を開始しています。

その後、昭和61年に完了した松原・下筌ダム再開発事業により、河川の維持用水と日田市の水道用水が目的に追加されました。

このような水利用の特性から時期によって大幅にダム貯水池の水の使い方が変わること、2ダムがシリーズダムとして連なっていることが特徴です。

また、日田市内には多くのダムが立地しており、松原ダム・下筌ダムのほかに、大山ダム(水資源機構管理)、高瀬川ダム・夜明ダム(どちらも九州電力管理)と全部で5つのダムがあります。

筑後川流域図

松原ダム・下筌ダムの諸元

松原ダムの貯水状況の比較

■蜂の巣城闘争(ダム建設反対運動)を経て完成した松原ダム・下筌ダム

(WEC)
両ダムは、水源地域対策特別措置法(水特法)制定のきっかけとなったダムとしても知られています。
水特法の施行により、道路・下水道・レクリエーション施設・公共施設・福祉施設の建設に当たる費用は、国庫補助及び下流受益地(自治体・水道事業者・電力会社)が一部負担を行うこととなり、関係住民の生活の安定と福祉の向上を図ることができるようになりました。

ダム建設反対運動の経緯を簡単にご紹介願えますか。

(甲斐所長)
松原ダム・下筌ダム建設により水没する熊本県、大分県の5つの町と村、483世帯が移転を迫られました。

このダム建設に反対する住民は、水没する志屋地区の山林地主である室原知幸さんをリーダーに反対運動を起こしました。
下筌ダム建設予定地点に、監視のための見張り小屋を設け、この建物を中心に次々と集会所・宿泊施設などを建設していきました。それが「蜂の巣城」です。
国がダムを築造するうえでは、下筌ダム建設予定地にある「蜂の巣城」を撤去する必要があったため、昭和35年6月に蜂の巣城への立ち入り(代執行)を行いました。
しかし、抵抗が激しく負傷者が出るほどで、この水中乱闘は「下筌水中合戦」「現代川中島の闘い」と全国に報道されました。

ダム建設反対運動時の蜂の巣城の様子

反対運動を受け、国は、それまでの土地やモノだけの補償から、山林や田畑を失った住民の生活まで補償を充実させたことにより、多くの反対住民は蜂の巣城を去っていきました。

反対運動のリーダーであった室原さんの「公共事業は、法に叶い、理に叶い、情に叶うものであれ」という訴えは、その後の公共事業のあり方に大きな影響を与えました。

■松原ダム・下筌ダムの管理50周年感謝の集い

(WEC)
令和5年の5月には「松原ダム・下筌ダムの管理50周年感謝の集い」が行われました。
現地に取材に伺った際に、蜂の巣公園が、多くのダム建設の関係者や地域の方々で賑わっていたのが印象的でした。

*水源地ネット2023年8月号 松原ダム・下筌ダム 管理50周年 感謝の集いが開催されました

ご説明いただいたようなダム建設運動を経て完成した経緯がありますが、その後の地域の方々とダムとの連携や地域づくりの様子についてお聞かせください。

(甲斐所長)
「感謝の集い」は、国土交通省九州地方整備局筑後川ダム統合管理事務所と大分県日田市、熊本県小国町の共催で、記念式典と記念イベントの2部構成で開催しました。 記念式典は、地元の津江小学校の児童の皆さんの鼓笛隊の演奏にはじまり、反対運動や建設工事の様子、そしてダム完成時の様子がまとめられた建設記録と、ダム建設のために用地を提供いただいた方々や松原ダム・下筌ダムについて防災学習を体験した地元の中学生からのビデオレターを上映しました。

また、松原ダム・下筌ダム 管理50周年記念碑のお披露目も行いました。
本記念碑は松原ダム前と蜂の巣公園駐車場入口に設置しています。

松原ダム・下筌ダムの管理50周年式典の様子

(WEC)
式典後の記念イベントも、地域の子どもたちを中心とした参加者で盛況でしたね。

(甲斐所長)
記念イベントは、地元の小中学生・高校生による演奏や、流域内の佐賀県で行われている気球(バルーン)体験、日田やきそばや久留米市グルメ、小国町スイーツなど「筑後川流域」をテーマにしたものを集めて開催しました。

「感謝の集い」は、建設時やその後の管理を支えてくださった関係者の方々、そしてこれからの未来を担う子どもたちが一同に会する機会となりました。

ビデオレターと記念碑の内容は、国土交通省九州地方整備局筑後川ダム統合管理事務所HPで公開しています

国土交通省九州地方整備局筑後川ダム統合管理事務所HP - 松原ダム下筌ダム 管理50周年(外部リンク)

松原ダム・下筌ダムの管理50周年記念イベントの様子

■近年の出水におけるダム操作状況

(WEC)
松原ダム・下筌ダムでは、様々な防災の取組みを実施されていると伺っています。
まずは、近年の出水におけるダム操作の状況をお聞かせください。

(甲斐所長)
令和2年7月、筑後川流域では記録的な豪雨により各地で浸水被害が発生しました。
その時、筑後川上流に位置する下筌ダムでは、7月6日より洪水調節を実施していましたが、7月7日ダムが満水状態となって洪水調節が出来なくなる状況が懸念されたため、 ダムに流入してくる流量と同じ量に放流量を徐々に近づけていく「緊急放流」を実施しました。

幸い、松原ダムが緊急放流とならなかったため、松原ダムの直下流では河川氾濫による浸水被害は発生しませんでした。
なお、本豪雨時に松原ダムでは運用開始以来初めて、計画最大放流量1,100m3 を放流する防災操作を行いました。

令和2年7月 松原ダム・下筌ダムの操作状況

(甲斐所長)
また、令和3年8月の豪雨では、松原ダムにおいて「緊急放流」が予測されたため、豪雨になる前に出来るだけダムの水位を下げる柔軟な操作を実施しました。
幸い、松原ダムが緊急放流となる事態とはなりませんでした。

令和3年8月 松原ダム緊急放流の予測とダム貯水位を低下させるための操作状況

(WEC)
ご説明ありがとうございました。全国で水害が激甚化する中で、松原ダム・下筌ダムでも雨の降り方が変わってきていることが分かります。
このような状況を踏まえて、事前放流の運用も行われていると伺っています。

(甲斐所長)
令和2年5月の治水協定締結以降、松原ダム・下筌ダムでも事前放流の運用を行っています。
令和4年9月の台風14号において、9月16日~18日にかけて台風接近に伴う大雨が予測されたため、松原ダム・下筌ダムでは初めての事前放流を行いました。
事前放流により、松原ダム・下筌ダム併せて約3,000万m3 の治水容量を確保し、松原ダムで約15m、下筌ダムで約9m貯水位を低下させて台風による大雨に備えました。
今後もダム下流域の被害発生の防止、被害軽減に向け、事前放流等の取組みがさらに重要になってくると思っています。

令和4年9月の台風14号における松原ダム・下筌ダムの事前放流

■地域と協働した水害に強い地域づくりに向けた取組み

(WEC)
本取材に併せて、日田市内で開催された「第3回松原ダム・下筌ダム・大山ダムとともに水害に強い地域づくりを考える意見交換会」を傍聴させていただきました。
実際に洪水被害が起きる前から地域との意見交換を行う場を設けて継続されているのは全国的にも珍しい先進的な取組みだと思います。

開催に至った経緯をご紹介いただけますでしょうか。

(甲斐所長)
先ほどご説明したように、令和2年7月、筑後川流域では記録的な豪雨により各地で浸水被害が発生し、下筌ダムでは、「緊急放流」を実施しました。
また、現在、全国各地で、地球温暖化に伴う洪水の激甚化、計画規模を超える洪水の発生等、水害のリスクが大きく高まっています。
このような状況の中、水害から地域にお住まいの方の生命や財産を守っていくため、地域と学識者、河川管理者、ダム管理者等が一体となった、「松原ダム・下筌ダム・大山ダムとともに水害に強い地域づくりを考える意見交換会」を令和3年度に設立しました。

(WEC)
3回の意見交換を経て、住民の方々やダムおよび河川管理者、自治体の方々の意識の変化などは感じられていますか。

(甲斐所長)
第1回の意見交換会では、最近の九州における気候変動状況等について委員長を務めていただいております小松 九州大学 名誉教授にご説明いただき今後の洪水リスク等について理解を深め、本会での避難に繋がる取り組みについての意見交換の必要性をご認識いただきました。

第2回意見交換会では、ダム操作や防災教育の状況などをご紹介しました。
また、防災に関する事項だけではなく、第1回意見交換会で住民の方々よりご意見いただいたダム下流の河川環境の現状や課題についても意見交換を始めました。

第3回の意見交換会では、緊急放流時の情報周知の方法「放流警報表示板」「サイレン」といった具体的な対策の議論が行われました。
住民代表の方々からは、地域での防災士養成の取組みの紹介や訓練の実施状況の報告が行われるなど「参加者」から「プレーヤー」へと意識が変化されていると感じています。

第3回松原ダム・下筌ダム・大山ダムとともに水害に強い地域づくりを考える意見交換会の様子

(WEC)
意見交換会では、地元の中学校と連携した防災教育も行われているとお聞きしました。
緊急放流時の避難行動に繋がる取組みとして、地域と連携して行われている取組みについてご紹介いただけますでしょうか。

(甲斐所長)
防災教育として、松原ダム下流にある大山小中学校で「ダムの緊急放流」について出前講座を実施し、緊急放流になる前に必ず避難しよう」ということを伝えています。小学4年生にも社会科見学でダムを見学していただいていますが、中学生になるとダムの見方が変わってくるということも感じています。

中学1年生には、ダムの貯水位が高い冬期にダム見学と遊覧船による湖面遊覧、2年生ではなぜ夏期に水位が低いのか等について座学で学び、段階を踏んだ防災教育を実施しています。 ダムの貯水位が高い時期と低い時期がなぜあるのか自分たちで考えてもらうことがポイントです。

大人はなかなか避難しないので、「もし、ダムが緊急放流していたら、家はどうなっていたか?」などと子どもたちに問いかけることで、お家に戻ってお父さんやお母さん、ご家族の中で、避難について考えてもらえればと思っています。

また、松原ダム下流に居住されている方を対象としたダム見学会を令和4年度から自治会毎に始めました。あわせて松原ダム遊覧観光が運営する遊覧船に乗船していただき、松原ダムのダム湖内を遊覧していただきました。
ダム湖内の遊覧を行うことで、ダムに興味がない方々にも見学会に興味を持っていただけるよう工夫しています。
見学会での体験は自治会に持ち帰っていただいており、相互理解に繋がっています。

地域と連携した緊急放流時の避難行動に繋がる取組み

(WEC)
最後になりますが、管理開始から50年を迎えての今後の展望などについてお話しいただけますか。

筑後川ダム統合管理事務所長
甲斐さん



(甲斐所長)
管理開始から50年を経て、ダム建設に伴い大切な土地を離れた方々やダム建設・管理の関係者の方々にはあらためて感謝申し上げます。

令和5年7月にも筑後川中流域で、巨瀬川流域近傍の耳納山観測所では観測史上最大の降雨量を記録するなど高強度の雨量を観測したほか、寺内ダムでは管理開始以降初めての緊急放流操作を行うなど、近年洪水被害発生のリスクが高まっています。

このような気候変動の影響もある中で、運用高度化による治水機能の強化やカーボンニュートラルの検討を行いつつ、 今後も地域に寄り添いながら、事務所一丸となって、適切なダム管理に努めて参ります。


(WEC)
本日はお忙しい中、本当にありがとうございました。

■九州地方整備局 筑後川ダム統合管理事務所 https://www.qsr.mlit.go.jp/toukan/index.html