第24回水源地環境センター 技術研究発表会 特別講演『流砂環境再生 -森川里海をつなぐ「砂の道」-』

京都大学 防災研究所 水資源環境研究センター 教授 角 哲也 先生の講演内容

昨年(令和5年)11月に都内で開催された「第24回水源地環境センター 技術研究発表会」の冒頭、京都大学 防災研究所 角 哲也教授が「流砂環境再生」と題して特別講演を行ってくださいました。
既に「水源地ネット」3月号で概略はお知らせしたところではありますが、ご講演の内容を改めて詳細にご紹介させていただきます。

水源地環境センターの第24回技術研究発表会は、令和5年11月22日(水)、千代田区紀尾井町で開催されました。発表会は、京都大学防災研究所 教授 角 哲也先生の特別講演で始まりました。角先生は、国際的な河川研究の権威であり、国際大ダム会議の副総裁を始め河川工学の分野において指導的な立場で活躍されている方です。

特別講演は、今年の9月に京都大学で開催された応用生態工学会の紹介から始まりました。

今回、第26回となった応用生態工学会では、「森川里海、総合土砂管理」、土砂管理だけではなく、流域治水と総合土砂管理を一体として議論するというコンセプトで開催されました。キーワードの「森川里海」という言葉については、水があり、土砂があり、それから生物があるということだとご説明され、さらに会議の中では流木等の動きというものも併せて非常に大事だという話が出てきていたと述べられました。

また、水管理、治水利水と環境、土砂の堆積、生物多様性の問題、水需要、土地利用の変化等、その他外的要因として気候変動という課題があるが、河道の連続性というものが極めて重大な共通認識・共通テーマであって、行政、地域住民、漁業関係、港湾関係、林業、電力セクターの他、観光、農業関係、NPO、NGO、そして研究者などの様々な人々の想いがいかに調和され、大きな方向性をどう共有して前に進めるかということが、河川を取り巻く多様な不等式を連立させて解く鍵であるという話をされました。

話題は、関連して開催された公開シンポジウムに移り、6名の方の講演があった中で、コンドルフ教授(カルフォルニア州立大バークレー校)の講演で紹介された欧州での事例画像を引用しつつ、機能を確保しながら景観をどう調和させるのかというような景観を非常に大事にするヨーロッパの文化に基づく考え方、河道再生に当たって自然に川に自分で流路を作らせるような工法が大変興味深いものであったとコメントされました。

講演全体を紹介する中で、流れ、土砂、流木という川の中の大きなファクターがどういう変動性を持っているかが重要で、かつ平均量と変動が共に適正範囲に収まっていること、また、土砂というのは量だけではなく粒径も大事だと指摘した上で、河川における地形(蛇行、瀬・淵構造、比高差)がどう更新されていくのか、河川側の対策については、河道の中に幅を広げた区間を創出したり、聖牛などの待ち受け工法で部分的に土砂をトラップして、そこで環境が創出されるなどの、多様性を生み出すためのちょっとしたアクセントが大事だという話をされました。

次に、応用生態工学会シンポジウムのメインテーマについて角先生は二点挙げられました。一点目が、縦断連続性、横断連続性、あるいは接続性というコネクティビティが大事だということ。二点目が「連立不等式」。治水上は土砂が無い方が良いのだが、土砂があることによって多様な環境の創出や樹林化抑制などの効果があり、ある範囲のところに最適ないい環境がある。各観点から許容できる範囲を提示してその中で共通化、目的関数の最適化をすることが最善ではあるが、治水、利水、環境とか経済とか社会という色々なファクターを考慮して連立不等式を立てて解いていくべきだということでした。

さらに、河川の維持流量のように、維持すべき土砂量、流砂量の定義が可能だろうか。これは掃流砂の供給を維持していくという話であるが、当然土砂だけでは駄目で流量と土砂が組み合わさってバランスが取れていることが大事だということであり、様々な関係者にその必要性を説明し、コンセンサスを得ていくことが求められると述べられました。

続けて、淀川沿川で開催されたエクスカーションについても紹介がありました。淀川の上流木津川の聖牛、淀川大堰の閘門工事現場、一番下流の淀川河口での干潟再生をしている現地を訪れた写真を示されました。聖牛は竹門康弘先生(大阪公立大学国際基幹教育機構)の専門であり、土砂管理や生息場の管理に活かしていく試みの現場であったこと、干潟再生は大阪市漁協と連携して進めており、水産資源が豊かになるという効果の他に、浅場ができることでウインドサーフィンの適地が出現し、ウインドサーファーのメッカとなっていることなどを話され、土砂管理が意外なところとも繋がっていることに驚きを感じたとおっしゃられました。

特別講演の後半では、角先生が中心となって纏められた『ダムと環境の科学 第Ⅳ巻「流砂環境再生」』について、章を追って解説してくださりました。

「PartⅠ 日本の河川とダム」は、土砂管理に至るまでのダムの歴史や、ダム再生の課題について俯瞰しているパートで、色々な経緯を経て今に至っているわけだが、今回の本はダムの貯水容量の維持というだけではなくて、下流にとって土砂がどういう必要性があるのかという形と、繋ぐという意味で、流砂環境再生という形にしたという話をされました。PartⅠの中からは二点ほど説明がありました。

コラム1「土砂生産と流出・気候変動影響」では、山野井一輝先生(京都大学防災研究所)が北海道の胆振東部地震の後の土砂が流出した川について、温暖化による雨、流量、流出土砂量の変動への影響を検討した研究について紹介されました。

「第2章 総合土砂管理」では、国総研で作られた流砂系現況マップを紹介し、世界的にも珍しい試みであること、海岸線の侵食、河床の低下が、砂利採取、ダム堆砂あるいは砂防事業と空間的にどう繋がってるかということを俯瞰するために大変有用であること、砂利採取が急速に進みつつある東南アジア諸国では同様な問題が顕在化しており、角先生を訪問してきたベトナムの先生が大変関心を示されたエピソードにも触れられました。

「PartⅡ 流域土砂管理の科学」については、どういう仕組みを共通認識として持つ必要があるのかという基礎的なことを紹介しているパートであり、先生御本人がダムのリスクマネジメント、アセットマネジメントという二つのマネジメントについて紹介されており、竹門先生等が、環境的に土砂をどう捉えていくのかということを受けて紹介しているというパートであると説明されました。

PartⅡの内、「第4章 ダムのリスクマネジメントとアセットマネジメントしての土砂管理」は、角先生が担当された章の一つで、長野県裾花ダムのコンジットゲート閉塞問題を取り上げ、ある意味重要な、洪水を流すというダムの機能が場合によっては支障を受けるかもしれないという、非常に示唆に富む事例であったと述べられました。

また、N-1という考え方があり、ダムの安全性を評価するときに、仮に一つのゲートが動かなくなったときに、残りのゲート(N-1条)でどれぐらい洪水流量が吐けるのかというチェックをコンジットゲートを対象に行ったということでした。そこから、どういうダムがこういうリスク管理をしないといけないか、それが土砂管理とどう繋がっているのかという話が非常に大事な話になるとのことです。

今日的な問題として事前放流にも言及され、今、事前放流でなるべく洪水に向かって水位を下げようという声が大きいが、水位を下げるとダム湖内の堆積土砂が動いて有効貯水容量は増えるが、土砂が消えるわけではなく下方に行くだけの話なので、ダムの直上流の堆砂位が上がってきてコンジットゲートに対して土砂が影響する時期が逆に早まるということになる。下の方に放流管があるため、そのようなリスクが存在するダムについては、土砂の動向を監視するだけではなく、それによってどういう別のリスクが発生するのかということも同時に考えないといけないと述べられました。

アセットマネジメントに関しては、さまざまなダムの堆砂対策メニューを、ダムの特性に合わせていかに効果的に選択するか、将来の堆砂進行を見据えつつ、どのタイミングで実施するのか、それに向けて、どのような準備を進めていかないといけないのか、が重要であると指摘されました。

また、縦列ダムに関連して、角先生が副総裁をしておられる国際大ダム会議の堆砂技術委員会で始まった、縦列ダムの土砂管理についての技術レポート作成作業の紹介がありました。

その中では、まさに流域にある上下流の管理者、あるいは目的の異なるダムがそれぞれのダムの目的を毀損しない形で、どうやって管理を調和的に実施していくのかということがテーマであり、そのためにはダムの定義が必要で、貯水容量、回転率、貯水池の延長の違い、建設年代、目的等々、色々なファクターを一般化するということと、各国のモデル流域について、得られた知見をまとめる作業を始めていこうとしていることを話されました。日本からは黒部川、それから天竜川、耳川を候補として想定されているとのことです。

「PartⅢ 進む土砂管理」については、全国でどんな取り組みがされているのかということをいくつかの事例を挙げ、紹介しているパートであると述べられました。置き土、排砂、土砂バイパス、それから那賀川のような大規模な土砂管理の事例などです。特に、四国の長安口ダム下流の置き土では、多量の置き土が実施されていること、京大の基礎研究として現地にWEBカメラを設置して、河川の流れや土砂の侵食プロセスを遠隔モニタリングして分析していることが紹介されました。

ただし、これらの事業は順風満帆で進んできたわけではなく、いかに関係者間の合意形成を取りながら今に至っているのかということが大事だということと、事例数は増えてきているものの、伸びは鈍いという点に触れ、事業を進める難しさを指摘されました。

「PartⅣ これからの土砂管理」では、土砂管理の今後についての座談会になっています。

変動を受け入れるパラダイムシフトをどうこれから確立するか、治水、利水、環境、土砂管理、土砂資源の有効活用、あるいはいろんな関係者のコンセンサスをどう作っていくのか、それから長期的な視点として気候変動や社会的な情勢変化、そして世代間の公平というワードが出てきたそうです。これはまさに温暖化と同じように長期的な取り組みなので、ダムという社会的に重要なインフラを持続的にしっかり管理していくことと、それから川という環境の保全再生を、流砂環境の再生のコンセプトを通じて関係者が連携しながら実現していきたいという座談会になったとのことでした。

最後に土砂資源マネジメントについて触れられ、土捨てをするだけでは破綻してしまうので、全体として有効活用していくということが大事で、藤田正治先生(京都大学防災研究所:当時)の造語「PDRsU」 を取り上げ、これをしっかり持続的にやっていくことが大事だということと、新宮川下流域における、置き土で造った津波避難のための高台を示し、南海トラフ地震など大災害発生時の復興資材への土砂の転用可能性を指摘して、事前復興という観点で土砂を位置付け、今のうちからダムから河口まで移動させておいて安定的に蓄えておくということが重要で、それが土砂管理にも繋がっていくのではないかと論じられ、予定時間一杯となって講演を終わられました。

短い時間の中で「ダムと環境の科学Ⅳ-流砂環境再生」の紹介を通じ、角先生の豊富なご見識・ご提言を拝聴することができ、聴講者の皆さんからは感謝の拍手が場内一杯に鳴り響き、特別講演は終了となりました。

※「流砂環境再生」は、先生のご講演をさらに詳しく論じた書籍となっております。特に「PartⅣ これからの土砂管理」は河川工学の第1線でご活躍の先生方の話を生で感じられる貴重な章となっており、必読の一冊としてぜひおすすめしたい内容です。

ダムと環境の科学Ⅳ「流砂環境再生」 ISBN 978-4-8140-0499-7
編著者 角  哲也
竹門 康弘
天野 邦彦
一柳 英隆
企 画 一般財団法人水源地環境センター
発行人 足立 芳宏
発行所 京都大学学術出版会
定 価 本体6,300円(税別)