「ダム管理所長に聞く」第7回《淀川7ダム2堰》

(聞き手:水源地環境センター 名古屋事務所 可児)

(WEC)
「ダム管理所長に聞く」第7回は、近畿地方整備局淀川ダム統合管理事務所に4月から着任された藤原克哉所長にお話しをお伺いしました。今回は新型コロナウイルス感染症対策のため、インターネットによる対談とさせていただきました。

でははじめに事務所のご紹介をお願いします。

■淀川の水量をコントロールする淀川ダム統合管理事務所

(藤原所長)
淀川は近畿地方の中央に位置しており、日本最大の湖である琵琶湖が源となっています。琵琶湖から大阪湾までの総延長は75kmあり、琵琶湖に流れ込む河川や木津川、桂川の上流部を含めると流域面積は8240km2にもなります。流域内人口は、1100万人にもなり、これは近畿の総人口の約半分以上にもなります。また、淀川には年間約87億m3の水が流れており、農業用水、工業用水に使われています。

このように淀川水系は、流域住民の生活や産業を支える重要な基盤となっています。

淀川ダム統合管理事務所は、淀川流域に住む人々や資産を洪水から守るため、また、絶えず安定して水が利用できるように、淀川に建設された7つのダム(天ヶ瀬ダム(直轄)、日吉ダム、高山ダム、室生ダム、青蓮寺ダム、比奈知ダム、布目ダム(以上水資源機構))と2つの堰(瀬田川洗堰、淀川大堰)を用いて、淀川の水量を日々コントロールしています。


■淀川水系の高度な水管理を目指して〔7ダムの連係操作〕

(藤原所長)
1953年(昭和28年)の台風13号は、淀川水系に大洪水をもたらし、ダムによる洪水調節の必要性が考えられ始めました。

その後、1964年(昭和39年)の天ヶ瀬ダム建設以降、淀川水系には7つのダムがつくられ、総貯水容量約2億3千万m3までの水を貯えることが可能となりました。

洪水調節および水利用において、この7つのダム及び瀬田川洗堰との連係した操作をすることにより、より高度な水管理を実施しています。

7つのダムと2つの堰(赤字:国土交通省管理、黒字:水資源機構管理)

7つのダムと2つの堰(赤字:国土交通省管理、黒字:水資源機構管理)

(WEC)
連係操作とはどのようなものでしょうか?

■洪水調節におけるダムの連係操作(特別防災操作)

(藤原所長)
まず治水面ですが、7つのダムを連係して操作することにより、大雨時の河川流量を効果的・効率的に調節し、下流域への影響を軽減します。

具体的には、複数ダムの内、余裕のあるダムにおいては更に貯留量を行い、より下流への放流量を減らすことで、単ダムであれば、洪水被害が発生するような洪水でも、安全に流下させることが可能となります。

複数ダム連係による効果

複数ダム連係による効果

■平成29年台風21号で特別防災操作を実施

(藤原所長)
近年では、平成29年台風21号において、事前放流や7ダム連係の特別防災操作(統合操作)を実施し、下流の市街(名張市街)の浸水防護を行うとともに、淀川、木津川の本川の水位低下のために特別防災操作をおこないました。その結果、名張地点(名張市)で、約1.3m水位低減(本則操作:約0.9m低減、特別防災操作:約0.4m低減)を行うことが出来ました。

平成29年台風21号では、木津川名張地点で、約1.3mの水位を低減

平成29年台風21号では、木津川名張地点で、約1.3mの水位を低減

台風21号における比奈知ダム、青蓮寺ダム、室生ダムの操作状況

台風21号における比奈知ダム、青蓮寺ダム、室生ダムの操作状況

■瀬田川洗堰との連係操作

瀬田川洗堰と天ヶ瀬ダムの連携操作

瀬田川洗堰と天ヶ瀬ダムの連携操作

(藤原所長)
また、ダム間だけでなく,堰との連携操作も行っています。琵琶湖流域の流域面積は淀川水系全体の流域面積の約半分を占めていますが、琵琶湖自体の面積が大きいため、河川に比べ水位の上昇は緩やかです。

淀川水系においては、まず木津川、桂川などの流量が増えて、淀川本川の水位が高くなります。その後遅れて琵琶湖の水位がピークを迎えます。

この時間差を利用し、淀川本川の下流部で被害発生するおそれがある場合には、瀬田川洗堰の放流制限あるいは全閉操作を行うことにより琵琶湖に洪水を貯留して下流を守っています。下流の水位が下がってきたら瀬田川洗堰を開けて放流し、琵琶湖の水位を下げる調整を行っています。


①天ヶ瀬ダム予備放流のための洗堰制限
②ダム直下の宇治川のための洗堰全閉(天ヶ瀬ダム洪水調節中)
③淀川本川のための洗堰全閉(天ヶ瀬ダム洪水調節中)
④天ヶ瀬ダム水位低下のための洗堰制限(天ヶ瀬ダム後期放流中)
⑤琵琶湖水位低下のための洗堰全開(琵琶湖水位低下中、天ヶ瀬ダムは流入量=放流量)

(WEC)
次に利水面ではどのような操作を行っているのでしょうか?

■水利用における連係操作(用水補給)

(藤原所長)
琵琶湖・淀川の流域は、大阪、兵庫、京都、滋賀、奈良、三重の2府4県にまたがり、昔から近畿圏の暮らしを支えてきました。

現在、流域内人口は、約1,100万人となっており、水需給区域の人口は約1,700万人となっています。

この水利用に対して、淀川ダム統合管理事務所では、淀川水系のダム群を連係させ、水系全体(猪名川流域除く)の管理を行っています。

複数のダムや堰を一括で管理することにより、各ダムが単独で運用するよりも、より効率的・効果的に用水の補給を可能にしています。

(藤原所長)
淀川ダム統合管理事務所では、瀬田川洗堰・ダム群の必要補給量については、維持流量及び取水量の増減量にもとづいて、日々管理しており、低水管理を行うための情報を提供するとともに、管理に必要な指示を出しています。

(WEC)
治水、利水の両面で的確な指示、情報提供をされているわけですが、情報提供で工夫されている点がございましたらご紹介ください。

■外国人向けの放流警報

(藤原所長)
天ヶ瀬ダムがある京都府宇治市は、歴史的にも有名な神社仏閣が多数存在し、源氏物語の舞台となった地でもあることから、年間約550万人が訪れる観光都市となっています。特に、近年は訪日外国人が増加し、「宇治市を訪れる観光客の約5分の1が外国人」との調査結果も報告されています。

特に、天ヶ瀬ダムより下流約2km付近において公園整備されている塔の島は、世界遺産にも登録されている平等院鳳凰堂や宇治上神社などを巡るために外国人観光客が多数訪れる場所です。

そのためダムからの放流にあたっては、あらかじめ河川の区域内にいる河川利用者および河川の区域内に立ち入ろうとしている人々に立ち退いていただくため、日本語による放流警報の放送を実施していますが、増加の一途をたどる外国人観光客の安全確保と、その不安感を払拭させるため、塔の島周辺にある2箇所(乙方局、山田局)の放流警報装置において、平成30年4月1日より外国語による放流警報の放送を開始しました。

(WEC)
ダムに馴染みのない国の方々に理解していただくのはたいへんですね。

■中国語・英語・韓国語を選定、短く・的確に伝わる翻訳

(藤原所長)
はい。外国語放送の実施にあたり、次の点について検討しました。まずは、言語の選定です。

宇治市が実施している、観光振興計画策定のための観光客を対象としたアンケート結果を参考としました。外国人の内訳は、中国語圏(台湾、中国、香港等)が最も多く、次いで英語圏(北米等)、3位が韓国語圏(韓国等)であり、3ヶ国語合わせて全体の7割以上を占める結果のため、放送する言語は、中国語、英語、韓国語の3ヶ国語を選定しました。

次に、翻訳・放送スケジュールです。

現在放送している日本語の文章は長く、そのまま翻訳すると伝わりにくくなる懸念があります。

また、放流警報は上流から下流に向かって1局ずつ放送するため、外国語放送の追加により下流の放送が遅延します。外国語による放送時間をできるだけ短くすることとし、必要最小限の情報を短く的確に伝えられるよう、観光協会等の助言を得ながら翻訳を行いました。

また、ブロック間の時間を調整することにより、以降のブロックの放送時間の遅延を解消しました。

短く、的確に伝わる翻訳に努めました。

放送時間の調整にも苦心しました。

実施から約1年後に、放流警報装置に近い観光協会や地元旅館等へのヒアリングを行いましたが、概ね好評を頂いており、現在のところ改善が必要であるとの意見はありません。

しかし、放送回数を重ねることにより、課題が見えてくる可能性もあるため、今後も関係各所との連携を図りながら、「より情報が伝わりやすい放流警報」の実施を目指していきたいと考えています。

(WEC)
天ヶ瀬ダム下流の宇治市などには多くの観光客が訪れるとのことですが、ダムを活用した地域連携の取り組みをご紹介ください。

■地域と連携したインフラツーリズム

(藤原所長)
平成23年度から宇治市観光協会と協働を開始し、天ケ瀬ダムと付近の発電所、浄水場、歴史資料館などを見学するハイキングなどを実施しています。

平成28年度には天ヶ瀬ダムが宇治地域の観光振興に繋がることを確認するための社会実験として1200名の観光モニターを募集し、宇治市主催の観光イベントと同日開催で、同日夜に天ケ瀬ダムの堤体をスクリーンにしたプロジェクションマッピングを実施し、モニターアンケート結果より観光資源化をするための問題点を洗い出しました。ここで得られた問題点の解決と地域発展のため国土交通省の発議により「天ヶ瀬ダムを観光資源に含めた宇治市地域の観光発展検討会」を発足し京都府、宇治市、観光協会、商工会、DMO、京阪HDと連携して情報の共有を行いそれぞれの組織の事業に取り組んでいます。

プロジェクションマッピングには沢山の観光客が訪れました。

プロジェクションマッピングには
沢山の観光客が訪れました。

減勢工の横からの点検放流見学

減勢工の横からの点検放流見学

キャットウォークを降下中のツアー参加者

キャットウォークを降下中のツアー参加者

宇治市の策定した「宇治市観光振興計画」(10年計画)後期(平成30年度~平成34年度)アクションプランに「天ヶ瀨ダム」の観光が明記されたほか、平成31年3月には「宇治市天ヶ瀬ダムかわまちづくり」が登録されました。

また宇治市による「天ヶ瀬ダム周辺の周遊観光事業に関する官民連携手法検討調査」が「先導的官民連携支援事業」に採択され、調査を実施されています。

平成30年度にはお茶の京都DMOが主催する「宇治市観光振興計画」を検証する社会実験として天ケ瀬ダムと高山ダム(水資源機構)を巡るツアーを3回受け入れました。これにより集客の可能性を見出したため、平成31年度からはツアーの受け入れ窓口を宇治市観光協会にして本格稼働しています。

年間の受け入れ可能カレンダーを作成し、宇治市観光協会、お茶の京都DMO、ボランティアガイドクラブ(観光協会所属)、宇治市観光振興課へ情報共有しており、宇治市観光協会、お茶の京都DMOが直接旅行会社への売り込みや、ツアー会社が集まる旅行フェアなどのイベントで売り込みをかけています。実際には8件のツアー申し込みがありましたが、天候の都合で実施できたのは3件でした。参加者の方からは「ダムの仕組み役割がよくわかった。」「また来たい。」「友達にもこの様なツアーがあることを教えてあげたい。」などの声が寄せられました。

お客様はハイキングもしくはバスで来所されて、天ケ瀬ダムの管理支所会議室での職員からのダムの役割の説明の後、ボランティアガイドクラブの案内で「天ケ瀬ダムは黒部の太陽のロケ地でした。」などの説明を受けながらキャットウォークを降下、減勢工の横の広場から点検放流を見学し、キャットウォークを上り管理支所まで帰ってくる1時間~1時間30分のコースです。これを受け入れ事業として職員が4~5人で応対しています。

また、唯一の主催事業である「森と湖に親しむ旬間」イベントとして、JRふれあいハイキング及び京都府山城教育局の未来っこサイエンスラリーとコラボして、関西電力の発電所見学と天ケ瀬ダムの点検放流を目的地としたハイキングを実施しています。JR宇治駅での集合から解散までボランティアガイドとともに職員が同行します。年1回の実施ですが天ヶ瀬ダムが宇治地域の観光振興のお役に立てば幸いです。

(WEC)
次に、近年の豪雨災害の頻発化への対応は大きな課題となっていますが、どのような取り組みをされていますか?


■異常豪雨の頻発化に備えた対応

(藤原所長)
平成30年12月に「異常豪雨の頻発化に備えたダムの洪水調節機能に関する検討会」の提言が出され、「直ちに対応すべきこと」「速やかに着手して対応すべきこと」「研究・技術開発等を進め対応すべきこと」の3つが示されました。

これらの提言について天ヶ瀬ダムでは「直ちに対応すべきこと」への対応として、「操作規則の再点検」、「堆砂土砂撤去工事の継続」、「宇治市自主防災研修でのダム操作等の説明」、「宇治市防災訓練においてパネル展示」、「淀川ダム統管のHPを改良したダム操作の見える化」、「水害協に参画してダム操作等について説明」等を重点的に進めています。

また、「速やかに着手して対応すべきこと」については、琵琶湖河川事務所において、洪水調節能力の向上、水道用水の確保、発電能力の増強を目的とした「天ヶ瀬ダム再開発事業」が継続中ですし、「研究・技術開発等を進め対応すべきこと」については、洪水予測システム等の改良を継続して検討しています。

継続的な堆砂土砂撤去 外畑地区(H30.12.13)

トップセミナー&減災協議会参画 水害協でのダム操作説明

住民参加型訓練 宇治市防災訓練に参加(R1.9.8)

住民への説明会実施 宇治市自主防災研修の参加(R1.6.28)

(WEC)
最後になりますが、これからの抱負などお話しください。

藤原所長

藤原所長

(藤原所長)
近年の水害の激甚化を踏まえると、ダムによる洪水調節機能の重要度がますます高くなっています。

異常洪水、異常渇水に対応すべく治水・利水の両面において、流域住民みなさんの安全・安心の確保に努めて参ります。

また天ヶ瀬ダムが地域の観光振興にも役立てるよう、地域と連携しインフラツーリズム等に取り組んで参ります。