ブラジル南部のサンタカタリーナ州にあるスル・ダムを2011年に訪れました。流域面積15,211km2のイタジャイ川上にある治水専用ダムです。日本では流域面積が最も大きいのが利根川(16,842km2)、2番目が石狩川(14,330km2)ですので、丁度そのクラスということになります。スル(Sul)というのはポルトガル語で「南」を表します。図を見て頂くとわかるように、イタジャイ川では、北、西、南の主要な流路毎にダムが構えられた形となっています。
イタジャイ川流域図
日本では、洪水調節を行うダムの管理は、国土交通省や都道府県等の職員が管理事務所を構えてチームで任務にあたるのが常識です。しかし、スル・ダムの場合にはサンタカタリーナ州政府の委託を受けた家族で管理。写真1のお父さんがほとんど一人で切り盛りし、息子さんが見習い修行中といった感じの一子相伝の世界です。日本でも樋門や観測施設の管理を地元の方に委託して行うことがありますが、それと似た感じです。この親子の案内で被災した施設を見せて頂きました。訪問した時の少し前の洪水により、ダムの放流施設が被害を受けていたのでした。
写真1 スル・ダムを管理するレンジさん親子
写真2はスル・ダムの全体を写したものです。ダムの天端に道路が走っており、その左側が上流側、右側が下流側です。写真中央右寄りの高架橋のように見える部分が越流堤(非常用洪水吐)、ダムの水位が高くなったときに水を吐き出す部分です。その左側にロックフィル形式のダムの堤体が見えます。日本の一般的なダムとは異なり、ダムの両岸に山はありません。緩い傾斜の丘に摺り付いている感じです。ダムは洪水調節目的専用の流水型ダムです。堤高43.5mとそんなに高くはないですが、総貯水容量は9,350万m3と、奥利根にある奈良俣ダム(9千万m3)より少し大きいぐらいです。堤長幅は390m、非常用洪水吐の幅は65m。ダム上流の流域面積は1,273km2です。
写真2 スル・ダムを上流右岸側の側方から眺めたところ
スル・ダムにおいては、1976年の管理移行以来、4~5年に1度の割合で越流堤の高さを超える水位に達する洪水が起きてきたそうです。その中で、2011年7~9月には、3回の洪水で越流堤の高さを超える流量が流れました。特に、3回目の洪水(9月8日にピーク)は、8月31日の2回目の洪水による貯水を吐ききらないうちに発生し、越流高も5mになりました。その際に、放流水の流量の増大に伴って下流水位が上昇したため、越流堤の下流側に設置していた操作室が水没・被災しました。その際、流速の速い放流水が左岸側に巻き込む形で反転する領域に操作室が位置していたため、反転流が直撃する下流側の壁面が破壊したのでした(写真3、4)。
写真3 ダム下流に設置された操作室と下流側壁面の被災状況
写真4 ダム堤体上の道路から下流方向を眺めたところ
日本であれば、ダムからの放流で被災するような場所に操作室を設置するといったことは考えられないことですが、世界では様々なダムがあるものです。
写真3を見て頂くと、操作小屋の下に5条の水路がある様子がわかります。これらの水路は、ダム堤体の下にある常用洪水吐を通って流れてきた放流水が流れてくる場所です。そして、ダム堤体の中では、この常用洪水吐の水路の上に監査廊(人が通れる管理用の通廊)が設けられています。日本では、監査廊と言えばダムの中央付近で左右方向に設けられているのが一般的ですが、スル・ダムの場合には常用洪水吐の管理の便を考え、上下流方向に設けられています。
写真5は監査廊の被災状況です。普段は上流側の川の水が流れ込んで流れるだけの場所ですが、ダムに水が貯まり出すと、ダム上流側の水の高さに応じて常用洪水吐の水路には圧力がかかります。その圧力が限度を超えたため、常用洪水吐と監査廊の間の隔壁が吹っ飛んで、監査廊が水浸しになってしまったのです。ホセ・レンジさん(お父さんの方)は、破壊が起きる少し前まで監査廊にいたそうで、危機一髪で助かったと語っていました。
なお、常用洪水吐と監査廊の間の鉄筋コンクリート製の隔壁は、1983年に今回と同様の現象が発生したことから、その後もう1層の鉄筋コンクリートを上部に載せたそうです。下の写真では、その上層のコンクリートが大きく破断し、下層のコンクリートも破断している状況が見て取れます。2層のコンクリートが一体化するよう施工されていればまだ良かったのですが、別々の層のままでは空手の瓦割りと同様に枚数を重ねても強度はあまり増えません。
写真の奥の方にある暗い部分は、コンクリート隔壁が完全に吹き飛んだ場所です。その左側のスノコのように見える部分は、吹き飛んだ区間を人が歩いて渡れるように設けた渡し板です。
写真5 被災したスル・ダムの監査廊の床と兼用の常用洪水吐の管路の蓋
なお、日本であれば、水圧がかかる管路を薄いコンクリート構造の施設で作るということは考えられず、鋼管等にするのが一般的です。
また、類似の被災が1983年にも起きていたというのも驚きです。日本であれば、万一このような事故が起きれば徹底的に改良を図るところだと思いますが、応急復旧的な対応だけで終わりになっていたわけです。
今回は、日本とは全く異なる管理体制を取っているブラジルのサンタカタリーナ州政府保有のダムのお話を紹介しました。日本のダム管理のイメージで他国のダムのことを想像すると全く間違う場合もあるという事例と言えるかと思います。
日本とは管理体制が全く異なるとは言っても、日本においても2011年の東日本大震災の際に福島県の農業用ダム(藤沼ダム)で決壊が発生したりしていますし、完全な人ごとではありません。シビアな管理体制を取っている国土交通省所管のダムでは、これまで決壊等の大事故は発生していませんが、気候変動の影響も受けて、洪水の外力の規模が大きくなる中、安全を保つための管理は今後益々重要です。ブラジルの事例は、日々の当たり前の管理行為の1つ1つが重大事故を防ぐ上で重要であることや、異常が生じた場合の再発防止措置の検討・実施を怠ってはいけないこと等を教えてくれます。
(文と画像)
一般財団法人 水源地環境センター 安田吾郎