(聞き手:水源地環境センター 名古屋事務所 可児)
(WEC)
「ダム管理所長に聞く」第9回は、シリーズを開始して初めて水資源機構の管理するダムをお訪ねしました。お話は、岐阜県下呂市にある岩屋ダムの斉藤所長に伺いました。
斉藤所長、どうぞよろしくお願いします。では、はじめに岩屋ダムのご紹介をお願いします。
(斉藤所長)
岩屋ダムは木曽川の右支川、飛騨川筋の馬瀬川に位置し、飛騨川の合流点から約17km上流に位置しています。堤高127.5m、堤頂長366m、総貯水量17,350万m3のロックフィルダムで、同型式のダムでは国内9番目の高さです。
昭和52年4月の管理開始から「東海の水がめ」として、愛知県、岐阜県、三重県、名古屋市及び八百津町の3県1市1町に水道用水、工業用水及びかんがい用水を供給するとともに、洪水調節、発電(中部電力)を担い、中京都市圏を支えています。
ダム周辺は、美味しい鮎を育む馬瀬川の清流と豊かな森林に育まれた質の高い自然環境に囲まれています。ダムによって生まれた貯水池は東仙峡金山湖と名付けられ「飛騨美濃紅葉三十三選」に選ばれ美しい風景を有しています。“四季を通じて人々が訪れるダム”、“魅力的で親しまれるダム”を目指して地元下呂市や地域の方々と連携してダムを活かした地域振興に取り組んでいます。
(WEC)
岩屋ダムにはどのような特徴があるのでしょうか。
(斉藤所長)
始めに水資源開発ですが、岩屋ダムにより最大毎秒45.69m3の利用可能な水を新たに生み出し、木曽川用水施設等を通じてかんがい用水、水道用水、工業用水として東海3県1市1町(愛知県、岐阜県、三重県、名古屋市及び八百津町)を潤しています。
岩屋ダムによって開発される水量最大毎秒45.69m3は、日本最大の開発水量です。
二つ目は岩屋ダムで洪水調節を行う放流設備(ラジアルゲート)です。扉体面積は、高さ18.3m、幅10.9mで国内第2位の大きさです。重さ170t/台のラジアルゲートは8本のワイヤロープを用いて1cm単位で巻き上げ制御することが可能です。この放流設備は2門で最大毎秒4,000m3の放流能力を有しています。
ラジアルゲート
平成30年7月洪水 ゲート放流状況
三つめは発電能力です。岩屋ダム右岸側には、最大出力288MWの馬瀬川第一発電所(中部電力)があり、年間約6万世帯の消費電力分に相当する電気を発電しています。この発電所は2台の斜流型ポンプ水車で構成され、斜流型ポンプ水車1台の出力149MWは世界最大です。
また、馬瀬川第一発電所と下流の馬瀬川第二発電所は揚水式発電で、電気需要が多い時にはダムから水を落として発電し、深夜電力や余剰電力等を利用して岩屋ダムに水を汲み上げて効率的な発電運用を行っていることも特徴のひとつです。
(WEC)
国内、世界最大級の特徴を複数持ったすごいダムですね。
話は変わりますが、近年各地で想定を超えるような大規模な出水が相次いでおり、平成30年7月豪雨や令和2年7月豪雨では岐阜県山間部も各所で既往最大級の降雨をもたらしました。そのような中、ダムの操作に対する注目も高まっていますが、岩屋ダムではどのような対応をされたのでしょうか。
(斉藤所長)
岩屋ダムの洪水調節計画は、ダム地点の計画高水流量毎秒2,400m3のうち毎秒2,100m3/sをダムに貯め込み、毎秒300m3の一定放流を行う計画です。
管理開始以降これまでに101回の洪水調節を実施してきましたが、貯水位417.5mまでは発電所を通して毎秒300m3を放流し、洪水調節が可能であることから、洪水吐ゲートを用いた洪水調節回数は少なく、過去3回しかありません。しかし、このうちの2回は平成30年7月豪雨及び令和2年7月豪雨による洪水で、ここ数年の間に大きい洪水が発生しています。
平成30年7月洪水は、活発な梅雨前線の影響により7月4日から8日にかけて降水量は772mmとダム管理開始以降最大を記録し、流入量は最大毎秒1,390m3に達しました。特に豪雨末期の7月8日未明に下呂市金山町付近は1時間に100mmを超える猛烈な雨に襲われ、岩屋ダム下流残流域からの流出量が激増、馬瀬川の水位が急激に上昇したため住民の避難行動が執られました。このとき、岩屋ダムでは洪水調節容量を使い切ることが予想されましたが、住民の避難時間を確保するため本則操作を継続し、異常洪水時防災操作開始時間を1時間40分遅らせました。その後、管理開始以降初めてとなる異常洪水時防災操作に移行しましたが、おりしもダム下流の馬瀬川の河川水位が低下し始めたため、岩屋ダムの異常洪水時防災操作により上昇した河川水位は、豪雨末期に記録した最高水位よりも低くなりました。
この洪水調節で洪水調節容量(5,000万m3)を上回る約5,900万m3の洪水を貯留、ダムへの最大流入時に下流の馬瀬川へ流す水量を約32%低減、ダム下流の東沓部水位観測地点(ダムから約9.3km下流)で水位を約1.6m低減しました。ダムの機能を最大限に発揮した結果、下流地域への氾濫を防ぎ被害軽減につながりました。
【降雨状況・洪水調節図】
【東沓部地点の水位低減効果】
昨年7月の月間降水量は管理開始以来最大の1,307mmを記録、洪水調節を5回実施しました。このうち7月5日から12日にかけて494mmの降雨があり、岩屋ダム管理史上3回目となる洪水吐ゲートからの放流を行いました。
岩屋ダムでは7月6日0時から「事前放流」を行い45万m3確保した後、6日15時から洪水調節を行い、4,573万m3の洪水を貯留、8日7時30分にはダムへの流入量が最大となり毎秒987m3を記録しましたが、下流の馬瀬川へ流す放流量を約70%低減させ毎秒296m3とすることにより、東沓部水位観測地点で河川水位を約1.3m低減させました。
その後、11日にかけて再び260mmを超えるまとまった降雨が予想されたため、ダム下流河川の安全を確認した上で放流量を増やす「特別防災操作」を実施して貯水位を速やかに低下させて洪水調節容量5,000万m3を確保し、さらに事前放流を実施して次の洪水に備えました。幸い降水量が予測を下回ったため大きな出水になることはありませんでしたが、関係機関と連携・調整し最大限の備えを行いました。
【降雨状況・洪水調節図】
【東沓部地点の水位低減効果】
(WEC)
どちらの出水も非常に大きな水位低減効果をもたらされたのですね。
次に、ダムを活かした活性化や地域との連携の取組についてご紹介ください。
(斉藤所長)
岩屋ダムのある下呂市には、古くから日本三名泉として草津・有馬と並び称される下呂温泉をはじめ温泉が湧き出ており、また馬瀬川は鮎やアマゴの名川として有名な日本有数の清流で、よい味の鮎が育つこともあり多くの観光客や釣りファンが訪れます。
岩屋ダムでは、地域の小学校から社会科見学を受け入れているほか、馬瀬川下流漁協と協働でダムや馬瀬川の生き物を学ぶ「環境体験学習会」を開催し、郷土愛の醸成に務めています。また、点検放流イベント「岩屋ダムロックフィルフェス」では、スペクタクルである放流によって集客と呼応して観光協会や商工会から美味しい鮎の塩焼きなど地域の特産品がずらりと並び心もお腹も満足できるイベントを開催しています。さらに、湖面利活用では下呂市によって「カヌー・カヤック事業」が行われるなど、ダムやダム湖を活かした地域活性化に取り組んでいます。
また、水源地域と下流受益地域の交流活動として、名古屋市上下水道局と連携し、ダム周辺で植樹・清掃を行う水源地保全活動や「なごや水フェスタ」に参加して下流受益地に対する水源地PR活動など積極的に取り組んでいます。
昨年はコロナ禍で点検放流イベントや上下流交流活動は実施出来ませんでしたが、ダム湖を利用したカヌー・カヤック事業の利用者は前年に比べ3倍程(約630人)と好評です。
社会科見学
社会科見学
環境体験学習会
岩屋ダムロックフィルフェス
岩屋ダムロックフィルフェス物産
カヌー・カヤック事業
また、森と湖に親しむ旬間イベントでは、3密とならないようインターネットを利用して岩屋ダムや水源地域(下呂市)を紹介する「かるたの文面」を募集し「岩屋ダムかるた」を作成しました。この企画には、ダム愛好家の方々など全国から400点を超える優れた作品の応募をいただきました。
※「岩屋ダムかるた」は、岩屋ダムホームページからダウンロードできます。
https://www.water.go.jp/chubu/iwaya/file/new_info/iwayadam_karuta.pdf
執務室の斉藤所長
(WEC)
最後に一言お願いします。
(斉藤所長)
岩屋ダムは今後もダムの機能を十分に発揮して治水・利水の両面から中京都市圏を支えるとともに、豊かな自然環境を活かして水源地と受益地を繋ぐ架け橋として、地域とともに歩んでまいります。
読者のみなさまも、ぜひ、岩屋ダムにお越しいただき、下呂の湯でぬくとまっていってください。