(聞き手:水源地環境センター 名古屋事務所 可児)
(WEC)
「ダム管理所長に聞く」第14回は、沖縄本島北部の9つのダムを管理する沖縄総合事務局 北部ダム統合管理事務所の内里所長にお話しをお聞きしました。
内里所長、どうぞよろしくお願いします。では、はじめに事務所のご紹介をお願いします。
(内里所長)
北部ダム統合管理事務所は、昭和56年(1981年)4月の『北部ダム統合管理事務所準備室』の設置と既に完成していた福地ダムと新川ダムの管理から始まり、昭和58年(1983年)4月より安波ダム、普久川ダムを加えた4ダムを管理する形で『北部ダム統合管理事務所』が発足しました。その後も完成した多目的ダムを順次管理に加え、現在、福地、新川、安波、普久川、辺野喜、漢那、羽地、大保、金武の9つの多目的ダムを1事務所6支所体制で管理しています。
北部ダム統合管理事務所の職員構成
(WEC)
非常にたくさんのダムが短期的に建設されたという印象ですが、沖縄本島における多目的ダム整備の背景についてお話しいただけますか?
(内里所長)
南北に細長い沖縄本島は、総じて流路延長が短く勾配も急な小河川しかなく、降雨が短時間のうちに海に流出してしまうことから、安定的に水を確保することが難しいという特徴があります。更に、人口密度が全国平均の約3倍と高いといった社会条件も相まって、ダムが整備される以前は毎年のように渇水に悩まされていました。特に昭和56年(1981年)から57年(1982年)にかけての渇水は、時間断水(1日のうち限られた時間しか水が出ない)や隔日断水(1日おきにしか水が出ない)が連続して326日と1年近くに及ぶ過酷なものでした。
その様な中、昭和47年(1972年)5月、沖縄の本土復帰に伴い、沖縄振興における最重要課題の一つであった安定した水資源の確保を図るため、沖縄振興特別措置法において2級河川しかない沖縄で国直轄での河川事業を可能とする河川法の特例が設けられ、多目的ダムによる水資源開発が内閣府沖縄総合事務局において進められました。
沖縄本島における渇水による給水制限の発生状況
ダムによる安定水源の整備により脆弱な水需給体制が大きく改善しました
沖縄本島北部水源地域の皆様のご理解ご協力を頂きながら10の多目的ダム(内、倉敷ダムは完成後に沖縄県へ移管)の整備を進めた結果、今日、国が管理する9ダムは都市用水供給量の約8割を賄う主水源となり、脆弱な水需給体制は大きく改善されて、平成6年(1994年)3月以降、断水の無い安定した水道用水の供給が続けられています。
(WEC)
次に管理されているダムの特徴についてお話しください。
(内里所長)
ここでは、沖縄総合事務局で整備した10の多目的ダムの特徴を幾つか紹介します。
県下最大の貯水池容量(55,000千m3)を有し「県民の水ガメ」と親しまれている福地ダムは、ダム下流河川に繋がる洪水吐の他に日本で(多分世界でも)唯一、貯水池の上流部に洪水を直接海に放流できる「上流洪水吐(サイフォン式)」を有するダムです。「上流洪水吐」は、福地ダム再開発時に設置されたもので、下流河川の治水安全度の向上と併せて平常時最高水位を2.4m引き上げて利水容量の拡大(39,000→44,700千m3)を図っています。
福地ダムの上流洪水吐
福地ダム再開発前後の貯水池容量及び計画高水流量配分の比較
福地ダムから辺野喜ダムに至る5つのダムは、ダム間を水路トンネルで連結した統合運用を行う事で貯水池容量の小さな取水ダム(新川、普久川、辺野喜)からの無効放流を小さくし、貯留効率を高めています。これにより、各ダムを単独で運用する場合と比べて、取水可能水量を約2割増量しています。
北部5ダム統合運用のイメージ
限られたダム適地で貯水池容量を可能な限り確保するため、河川を横断して設置する堤体(本ダム)の他に地形的な鞍部にも堤体(脇ダム)を設置しているダムです。
ダム型式の組み合わせは、本ダムが重力式ダム、脇ダムがロックフィルダムです。なお、辺野喜ダムは、ダムサイトの地質条件からダム型式の異なる重力式ダムとロックフィルダムが同一のダム軸上に連続する全国でも設置例が少ない複合型式のダムです。
複数の堤体を有するダムの例(漢那ダム)
複合型式のダム(辺野喜ダム)
倉敷ダム(完成後沖縄県に移管)、金武ダムは、既存の利水専用ダムを多目的ダムとして利水容量の拡大を図ったもので、限られたダム適地を活用した水資源開発の一つになるかと思います。併せて下流河川の治水安全度の向上を図っています。なお、金武ダムは、台形CSGダムとして整備されたもので、河川管理施設等構造令第73条4号に規定される大臣特認制度適用第1号のダムです。
(WEC)
沖縄には貴重な自然環境が残されていますが、良好な環境の保全に向けてどのような取組をされているのでしょうか?
(内里所長)
沖縄本島の中でも山地地形が発達しダム建設適地が集中する北部地域は、「やんばる」と呼ばれ多くの生き物を育む豊かな森が広がっています。「やんばる」の森に生息する生き物の多くは他の地域では見られない固有種や重要種であることから、ダムの整備にあたっては湿地の保全や貴重植物の類似環境への移植、人工営巣木の設置による貴重鳥類の営巣環境の確保、代替生息トンネルの設置による貴重コウモリの生息場の確保などの環境保全対策を実施しました。また、ダムの管理においては、奄美産のリュウキュウアユを用いたダム貯水池陸封化により沖縄本島では1970年代に絶滅したリュウキュウアユの再生・定着を図る、可能な限りの外来種対策に取り組む、等の環境保全対策を行っています。
(WEC)
地域の活性化に向けてはどのような取組をされているのでしょうか?
(内里所長)
『沖縄北部ダムツーリズム』とは、本島北部水源地域「やんばる」の自然やダム湖の魅力を活かした活動を通じて森や水の大切さを広く認識していただき、豊かな森や水を守るとともに水源地域の活性化を支援することを目的とするもので、ダムを地域(観光)資源と捉えて、ダム管理者や水源地自治体、NPO、観光事業者等が連携してダムを活用した取り組みを推進していくものです。
ダム管理者としては、ダムに対する理解や親しみを深めて頂けるよう情報コンテンツの充実、施設利用や見学の受入れ、ダム見学会や生物観察会の開催等の他、関係者との協働による適正な湖面利用ルールの策定、ダムや周辺のツアールート開拓の支援などを行っています。
(WEC)
最後にダムの管理に対する抱負などお話しいただけますか?
(内里所長)
気候変動に伴う異常な豪雨や渇水への対応などダムへの要求が高まる一方、現場はダム管理に関する経験・知識が様々な限られた人員で適時的確なダムの運用や管理を行うことが求められています。そこで、事前放流など新たな管理手法も随時反映させながら「ダム管理に必要な知識・ノウハウ」をマニュアル化(見える化)するなど管理レベルの維持向上に努めています。
水源地域との関わりでは、世界自然遺産登録を目指していた「奄美、徳之島、沖縄本島北部および西表島」について、令和3年7月26日に国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産委員会において「世界自然遺産」への登録が正式に決定されました。
登録地の一つである本島北部地域では、世界自然遺産登録正式決定及びコロナ禍収束後の来訪者増を見据えた環境保全と観光振興の両立に向けた様々な取り組みが進められており、当事務所としても引き続きダムを活かした地域活性化の支援に取り組んでいきます。皆様も機会がありましたら是非一度「やんばる」へお越しください。
管理9ダムの内、6ダムが世界自然遺産登録区域を有する北部3村(国頭村、東村、大宜味村)にあり、辺野喜、普久川、安波、福地、大保の5ダムは世界自然遺産登録区域に接しています。