(聞き手:水源地環境センター 名古屋事務所 可児)

(WEC)
「ダム管理所長に聞く」第47回は、我が国屈指の急流河川である常願寺川において水力発電を行っている北陸電力(株)常願寺水力センターの橋爪所長にお伺いしました。橋爪所長、どうぞよろしくお願いします。
では、はじめに常願寺水力センターの概要についてお話し下さい。

■8基のハイダムと28箇所の水力発電所で、約82.5万kWの発電

(橋爪所長)
まずは常願寺川水系の概要ですが、常願寺川水系は富山県南東部に位置し、標高3,000m級の北アルプス立山連峰を源流域としています。その源は 北ノ俣岳 きたのまただけ (標高2,661m)に発し、山間部にて 称名川 しょうみょうがわ 、和田川、 小口川 おぐちがわ と合流し、富山平野を形成する扇状地に出て北流し、富山湾(日本海)へと注ぐ、総延長56km、流域面積368km2の一級水系です。当社はこの水系の中に、8基のハイダム(洪水吐あり:5基、洪水吐なし:3基)と28箇所の水力発電所を設置し、約82.5万kWの発電を行っています。

常願寺川水系流域図

■大正から現在に至る常願寺川の電源開発

(橋爪所長)
続いて常願寺川水系における電源開発の歴史について紹介させていただきます。
常願寺川水系の電源開発は大正12年からスタートし、主に大正から昭和初期の電源開発の黎明期、昭和初期から中期の戦後の電力供給力不足対応期、昭和中期から後期の高度成長期、昭和後期から現在に至る有効活用期、という4つの時代背景に応じ、水力発電所を建設してきました。

(1)電源開発の黎明期(大正~昭和初期)

常願寺川の発電所は、支川和田川において、大正12年に越中電力により亀谷発電所、翌年には県営事業として支川和田川および本川に中地山発電所、松ノ木発電所、上滝発電所が建設されました。昭和に入ると、同じく県営事業として本川に 真川 まかわ 発電所(昭和5年)、 小見 おみ 発電所(昭和7年)、支川 称名川 しょうみょうがわ 称名川 しょうみょうがわ 発電所(昭和8年)が建設されました。また、支川小口川では、大正13年に中越水電により小口川第一発電所、昭和に入り、日本海電気により小口川第二発電所(昭和4年)、小口川第三発電所(昭和6年)が建設されました。さらに、戦時中に日本発送電により本川に常願寺川第一発電所(昭和20年)が建設されました。

(2)戦後の電力供給力不足対応(昭和初期~中期)

昭和26年5月1日、9電力会社体制がスタートするとともに、北陸電力が発足しました。当社は、発足と同時に増大する電力需要に応じられる供給力確保を急ぐ必要があるため、昭和31年に「常願寺川 有峰 ありみね 発電計画(JAP)」を策定し、有峰ダムおよび7箇所の水力発電所(和田川第一発電所、和田川第二発電所、新中地山発電所、 小俣 おまた ダム発電所、小俣発電所、 折立 おりたて 発電所、常願寺川第一発電所(増設))を昭和34~35年に建設しました。

同時期に、称名川発電所の上流に、称名川第二発電所を、昭和39年には、常願寺川下流の扇状地の地形を利用して、常願寺川第二発電所、常願寺川第三発電所、常願寺川第四発電所を建設しました。

(3)高度成長に伴う電力需要および夏季ピーク対応(昭和中期~後期)

高度成長に伴う電力需要の増加に加え、夏季のピーク供給力の増強が必要となり、昭和53年に「有峰再開発」工事に着工し、有峰ダムのダム湖内に新たな取水設備を設置し、有峰ダムの水を利用した有峰第一発電所、有峰第二発電所、有峰第三発電所を昭和56年に建設しました。

(4)未利用落差の有効活用(昭和後期~現在)

昭和60年には、常願寺川右岸側の用水を利用した 雄山 おやま 第一発電所、雄山第二発電所を建設し、昭和62年には、有峰ダムへの引水路の落差を利用した折立(増設)発電所を建設しました。近年では、平成23年に有峰ダムの河川維持放流水を利用した有峰ダム発電所を建設しました。

(WEC)
続きまして管理の状況についてお話しいただけますか?

■すべての発電所を1箇所で集中管理

(橋爪所長)
ダムを含めた水力発電所の管理は、富山県富山市小見に位置する小見発電管理所の1箇所で集中管理を行っています。小見発電管理所には、日中は1名、夜間は2名が増員し、3名で管理しています。

全てのハイダムは、通常は無人であるため、主に小見発電管理所から遠隔管理しています。

ただし、洪水吐ゲートからの放流が予想される場合には、各ダム見張所へ人員を配置させて常駐管理へ移行しています。なお、洪水吐ゲートの操作については、通常、小見発電管理所から遠隔操作を行うこととしており、バックアップとしてダム見張所でも操作できるようになっています。

ちなみに、有峰ダムと 祐延 すけのべ ダムの2ダムについては、洪水吐ゲートを操作することがほとんどないので、現地で操作することとしています。

■土地改良区および公営水道への安定した水の供給

(橋爪所長)
また常願寺川水系には、3つの土地改良区と2つの公営水道(富山市、立山町)があり、当社では、有峰ダムを中心に水系全体の水を運用し、水を安定的に供給しています。特に、有峰ダムでは、春から秋の期間に稲作などの農業用水として使用するため、暖かい表面の水を取水する「表面取水」を行っています。なお、有峰ダムの水位が低下する冬季期間は、ダム底部にある下部取水口からの取水に切り替えています。

(WEC)
続きまして常願寺川最大のダムである有峰ダムについてお話しいただけますか?

■3つの大きな特徴を持つ有効貯水容量2億m3の有峰ダム

紅葉時の有峰ダム

(橋爪所長)
常願寺川水系には,当社で最も大きい有効貯水量約2億m3の有峰ダムがあります。有峰ダムは、常願寺川本川ではなく支川である和田川の最上流部に位置しています。なお、有峰ダムは以下の特徴があります。

特徴1.土砂流入が極めて少ない

有峰ダムの集水面積219km2のうち、77%に相当する169km2が常願寺川本川をはじめとした周辺河川からの引水による間接集水面積です。そして、きれいな水だけを引水しているため、土砂の流入が極めて少ないため堆砂の進行がほとんどなく、有効貯水容量の低下の心配がほとんどありません。

特徴2.洪水吐ゲートからの放流が極めて少ない

洪水時における洪水吐ゲートからの放流は、ダム完成以降に一度(昭和44年8月11日)のみであり、貯水は全量が有効に利用されており利水ダムではありますが治水上の役割も果たしています。

特徴3.重力式ダムなのに平面形状が直線ではない

ダムの平面形状は、右岸部を上流側に折り曲がり、また左岸部は円弧状に下流側に向けて堅硬な地山に入っており、堤頂が直線のシンプルなコンクリート重力式ダムとは違って独特な景観となっています。この理由は、戦前に堤高110mの計画で着工したのですが、第2次世界大戦の影響で工事が中断し、戦後に再編成された当社が、堤高を30m高くして140mに設計を見直し、ダムの中心軸を変更せず旧堤体を包み込むこととしたため、両岸の強固な岩盤に距離を最短で取り付けるために、このような”S字”形の平面形状になりました。

有峰ダム断面図

有峰ダム平面図
(特徴的な”S字”形の平面形状)

(WEC)
その他の施設につきましても特徴など教えていただけますか?

■近代産業遺産に6設備が認定!3設備は登録有形文化財に選定!

(橋爪所長)
近代化産業遺産として、中地山発電所、松ノ木発電所、上滝発電所の3箇所の水力発電所の他に、真川調整池ダム、千寿橋、原調整池の計6設備が認定されています。いずれも大正末から昭和初期に富山県が開発した水力発電所とその関連施設であり、戦後に当社が引き継いでいます。中地山発電所、松ノ木発電所、上滝発電所の3箇所の水力発電所は、登録有形文化財としても選定されています。

全国8例のバットレスダムのうちの2例が常願寺川水系に

(橋爪所長)
また、 真川 まかわ 調整池ダム(真川発電所)と 真立 まったて ダム(小口川第二発電所)は、バットレスダム( 扶壁式 ふへきしき ダム)という構造が複雑なダムです。バットレスダムは大正から昭和初期にかけて全国で8例が造られただけであり、現存するのは6例のみで、そのうちの2つが常願寺川水系にあります。

千寿橋(真川発電所水路橋)

真川調整池ダム(バットレスダム)

(WEC)
続きまして地域振興への取り組みについてお話しいただけますか?

■地域に寄りそい、親しまれるダムを目指して

「有峰で遊ぼう」(主催:富山県)への協力

(橋爪所長)
毎年夏の8月上旬に、富山県が主催する屋外イベント「有峰で遊ぼう」において、当社としては「ミステリーツアー」と題して、一般の方々を対象として有峰ダムを見学していただいています。このツアーは、有峰ダムの天端から地下4階までエレベータで下りて、ダム内にある監査廊を歩いてもらい、ダム下流に設置してある展望台広場に案内しています。見学していただいた方々は、暗く寒い監査廊から日差しのある展望台広場に出て、そこから見上げる有峰ダムのスケールの大きさや周囲の大自然の景色に驚嘆されており、とても好評を得ております。

有峰ダム監査廊を歩く参加者

有峰ダム展望台広場からダムを見上げる参加者

熟成酒のために有峰ダム監査廊を提供

(橋爪所長)
有峰ダムの監査廊は、1年を通して9℃程度と一定しており、この特性を生かして日本酒の蔵置場として、地元の酒造会社に提供し、有峰ダムの魅力を伝えています。

有峰ダム監査廊での日本酒の熟成状況

有峰林道

(橋爪所長)
有峰ダムへ行くには富山県が管理している有料の有峰林道を通行します。有峰林道は冬期間閉鎖されているので、詳細につきましてはHP「ありみネットhttp://www.arimine.net/」で確認してください。

ダムカード

(橋爪所長)
また常願寺水力センターでは、有峰ダムのダムカードを発行しています。有峰ダムカードは富山県が管理している有峰ビジターセンターで配布しています。有峰ビジターセンターは,有峰林道が閉鎖される冬期間(例年11月上旬~5月31日)は休館日となります。

有峰ダムダムカード

■観光スポット「日本一の落差を誇る 称名滝 しょうみょうたき とハンノキ滝」

(橋爪所長)
称名滝は、当社の称名川第二発電所の取水堰堤の直上流に位置し、その落差は350mと日本一の落差になります。雪解け水が多く流れ込む春等には、称名滝の右側に“ハンノキ滝”が現れます。なお、ハンノキ滝は、称名滝より落差が高く500mとなりますが、いつも存在している滝ではないので、日本一と認められていません。(なお、称名滝へのアクセスは、有峰林道を通りません。)

称名滝(左)とハンノキ滝(右)

(WEC)
最後に一言お願いします。

■北陸地域の発展のため安定的な電気の供給を目指して

(橋爪所長)
常願寺川水系での水力発電事業につきましては、最初に電源開発を行った、大正12年の亀谷発電所の建設から数えて、今年(2024年)で101年目を迎えることになりました。その一世紀の長い間、地域の皆さま、関係市町村、土地改良区、協力業者等のご理解・ご協力を賜りながら、先人達が代々、大切に水力発電設備を維持管理してきたおかげで、現在も事業を継続することができています。

近年はカーボンニュートラルに向けた低炭素化・脱炭素化が叫ばれている中で、二酸化炭素や大気汚染物質をほとんど排出しない環境にやさしい国内水資源を活用した純国産エネルギーである水力発電の存在意義はますます高まっています。このクリーンエネルギーを生み出す水力発電設備を末永く利用するため、維持管理を確実に行い、次世代へ技術含めて継承すると共に、北陸地域の発展のため、これからも電気を安定的にお届けできるように努めていきたいと思っています。

有峰湖を背景にした橋爪所長

(WEC)
本日はありがとうございました。

■北陸電力再生可能エネルギーHP:https://www.rikuden.co.jp/renewable_energy/index.html