(聞き手:水源地環境センター 名古屋事務所 可児)

(WEC)
「ダム管理所長に聞く」第48回は、耳川水系のダム管理について九州電力(株)宮崎支店技術部日向土木保修所の甲斐所長にお伺いしました。
甲斐所長、どうぞよろしくお願いします。では、はじめに耳川水系の概要についてお話しいただけますか?

■耳川水系の概要

・8基のダムと7つの水力発電所で34.6万kwを発電

(甲斐所長)
耳川は宮崎県の北部に位置し、東臼杵郡椎葉村ひがしうすきぐんしいばそん三方山さんぽうやまが水源となり、十根とね川・七ツ山ななつやま川・柳原やなばる川・田代たしろ川・坪谷つぼや川などの支流を合わせ日向灘に注ぐ、幹川総延長94.8km、流域面積約890.0km2の二級河川です。
当社は、耳川水系に8基のダムと7つの水力発電所(総出力34.6万kw)を有しており、当社一般水力の20%を担う中核的な水力発電群となっています。(図-1)

図-1 耳川水系概略図

(WEC)
耳川水系の電源開発はどのように進められたのでしょうか?歴史的な経緯につてご紹介いただけますか?

■耳川水系における電源開発の歴史

・住友財閥の水力発電所造設計画から始まった耳川の電源開発

(甲斐所長)
耳川は急峻で水量の豊富な河川として知られており、大正7年に住友財閥が耳川に水力発電所を造る計画を立て、宮崎県に水利使用を申請し、大正9年に許可されています。大正は急速な重工業発展の流れの中、電源供給のための水力発電事業が拡大した時期であり、大正14年に住友財閥を含めた4社で九州送電という電力会社(その後、日本発送電⇒九州電力)が設立され、本格的な電源開発がスタートしました。

耳川水系の電源開発は、昭和4年に西郷さいごうダムの建設に始まり、昭和7年に山須原やますばるダム、昭和13年に塚原つかばるダム、昭和17年に岩屋戸いわやどダム、昭和30年に上椎葉かみしいばダム、昭和31年に大内原おおうちばるダム、昭和36年に諸塚もろつかダム・みやもとダムが建設されました。(表-1)

・耳川の開発にあわせて作られた100万円道路

当時(大正15年)、宮崎県は山奥の産物を運ぶ道路がなく(写真-1,2)、道路建設が何度も計画されていましたが、工事も困難で充分な資金もなく断念。物流は川流し「舟筏ふないかだ」、「高瀬舟たかせぶね」等に頼っていた不便さと、山の開発を一度に解決するため、道路開設が許可されました。その後、昭和3年から道路建設は県の事業となり、必要な経費総額100万円(現在の価値で、約20億円)を住友財閥が寄付し昭和7年に竣工しております。耳川の開発にあわせて作られた道路は、地元で「100万円道路(現国道327号)」と言われており、トラック運送が主流となったことで物流がスピードアップ・地域の生活も大きく変化しました。

ダム建設当時の様子「出典;耳川百科(宮崎県河川課)」

写真-1 人手による資材運搬の様子

写真-2 当時の運送の様子(現在の国道327号)

表-1 耳川水系ダム・発電所の諸元一覧

(WEC)
次にダムの管理体制についてご紹介ください。

■ダム管理体制と概要

・集中化したダム総合管理システムにより24時間遠隔監視・操作を実施

(甲斐所長)
耳川水系に設置している8基のダム管理は、観測・測定及び機器・装置等の情報を集中化したダム総合管理システムによって、非常駐となったダムを24時間(当番・宿直)体制で、遠隔監視・操作を行っています。

平常時は、当番;社員2名〔平日・休日;8:50~17:30〕、宿直;社員2名〔夜間;17:30~8:50〕の2名体制で管理しています。

出水時(警戒時)は、警戒時の措置として、現地にバックアップ要員をダム派遣・常駐(一定期間中)させ、万一の事態に備えます。また、台風時において大規模出水(洪水)が見込まれる際は、社員に加え電気・機械の協力会社(技術者)もダム派遣・常駐させています。ダム総合管理室には、出水規模などを踏まえ必要要員を配置し、当該管理室からの遠隔操作によるダム放流を行っています。

・ダム総合管理システム(図-2)

ダム総合管理システムとは、光通信や衛星通信により、ダムとダム総合管理室をオンライン化(拠点化)し、ダムの状況/機器の状態など、ダムに関する情報をリアルタイムで収集・一元管理するとともに、洪水吐ゲートや放流警報サイレン等を遠隔で操作するシステムです。

ダム総合管理室と各ダム管理所間はダム総合管理システム伝送路によって情報を伝送しています。

ダム総合管理システム伝送路は、電力保安IPネットワーク(光ファイバーケーブル)による地上回線(送電線/配電線)2ルートと、バックアップ用衛星回線(スーパーバード)1ルートで構成しており、地上回線障害の際は、衛星回線に自動で切替り各ダムの監視/制御を継続して実施することができます。

図-2 ダム総合管理体制概念図

(WEC)
続きましてダムの管理についてご苦労されている点についてご紹介ください。

■耳川水系の特徴

・ダム通砂運用

(甲斐所長)
まず一つ目はダムの通砂運用です。

耳川水系では2005年の台風14号により、諸塚中心部ほか流域全体で甚大な被害が発生。未曽有の災害を契機に、河川管理者である宮崎県は流域全体を視野に入れ、土砂の流れを総合的に管理していくことを目的に、「耳川水系総合土砂管理計画」を策定しました。

ダム通砂運用は、その中の一つの取組みとして台風出水時にダム水位を下げ、調整池の水の流れを本来の川の状態に近づけることで、調整池へ流れ込む土砂をダム下流に通過させるものです。この取組みは、台風出水時において通砂が可能となる流量(山須原ダム:700m3/s)に達すると見込まれるときに、山須原ダム・西郷ダム・大内原ダムを対象に実施するものです。このため、通砂のためのダム改造を行い、2017年度から西郷ダム・大内原ダムの2ダムにて通砂を開始し、2021年度からは準備が整った山須原ダムを加え、計画していた3ダム連携での通砂を実施しております。(図-3)

ダム改造を伴うダム通砂は、国内で例のない運用であり、弊社内に設置した「耳川水系ダム通砂技術検討委員会」において、社外学識者及び有識者からの技術指導、河川管理者である宮崎県にも指導・助言を頂きながら、「治水」、「環境」、「利水」の観点からダム通砂結果を報告・評価しています(環境への影響は専門性が高いため、委員会の下に別途WGを設置して検討)。

同委員会の結果は、宮崎県が開催する「耳川水系総合土砂管理に関する評価・改善委員会」に提示し、評価いただくことになります。

図-3 下流3ダム通砂イメージ図

・治水協力(事前放流)の取組み

2つ目は治水協力としての事前放流への取組です。

耳川水系利水ダムにおける治水協力として、国交省による既存ダムの洪水調節機能強化の取組み(事前放流)に基づき、2021年に河川管理者と耳川流域治水協定を締結、2022年にダム操作規程の改正および事前放流実施要領書策定を行い、大規模出水が予測される場合は、事前放流によって貯水容量を確保(水位低下)する治水協力を実施しています。

事前放流による目標水位への水位低下・維持操作パターンを「a:発電または発電+ゲート放流による水位低下」、「b:発電+ゲート放流による水位維持」、「c:ゲート放流による水位維持」の3つのケースとして、事前放流実施態勢「入」~「解除」の期間(②~⑦)については治水協力として実施しています。(図-4)

図-4 治水協力(事前放流)イメージ図【上椎葉ダム】

(WEC)
地域振興活動につきましてはどのようなことに取り組んでおられますか?

■地域振興活動

・ダムカード、ダムカレンダー

(甲斐所長)
耳川水系8基のダムカードやダムカレンダーを作成して、周辺の観光協会や道の駅等で配布・販売を行っております。ダムカードは、実際に撮影したダムの写真を提示することで入手が可能となっており、年間平均約2,000枚の配布実績となっています。(図-5)

・スタンプラリー

昨年10月~12月にかけて、宮崎県による「みやざきダム旅in耳川」のスタンプラリーが開催され、耳川水系のダムと周辺観光スポット(全18箇所)に設置されたマーカーをスマホで読み込むことでスタンプをゲットできるイベントが行われました。当社のダムでは、3ダム(上椎葉ダム、山須原ダム、西郷ダム)がスタンプポイントとなり、18ケ所すべてを巡ってスタンプを集めた方の中から、抽選で耳川水系「プレミアムダムカードセット」や「宮崎県特産品セット」がプレゼントされ、盛況なイベントとなりました。

図-5 耳川水系ダムカード配布場所一覧

・上椎葉ダム観光放流

点検放流に合わせて「ダムの役割の理解促進」、「地域振興」を図ることを目的に、椎葉村と共同開催で観光放流を実施しています。2018年度より検討・試験放流を実施し準備を整え、2019年度より本格実施に漕ぎつけたものの、コロナ蔓延等の事情により2020~2022年度は中止となり、2023年度に4年ぶりの観光放流を実施することが出来ました。(写真-3,4,5)

迫力のあるダム放流と紅葉の癒しに加え、ダム堤体上では椎葉マルシェ(地元特産品、ダムカレーなど)の出店など、椎葉村を満喫できるイベントとなっております。2019年度は県内外から約400名、2023年度は約250名の多くの方にご来場いただき、大好評を博しています。
※県外からは東京・愛知県など遠方の方も!!

写真-3 観光放流状況

写真-4 椎葉マルシェ出店状況

写真-5 観光放流チラシ

・しいば花火大会

椎葉村主催で毎年8月に開催される「しいば花火大会」においては、地域振興を図ることを目的に、当社の「上椎葉ダム堤体上」をフィールドとして提供し、椎葉村と連携して開催しています。

上椎葉ダム堤体上より打ち上げられる約700発もの花火は、山々に囲まれた椎葉村ならではの、こだまする花火の音とダム湖面を照らす光の幻想的な景色で、訪れた人を楽しませる花火大会となっております。(写真-6)

写真-6 しいば花火大会状況

・上椎葉ダム湖周遊事業ほか

上椎葉ダムは、2005年に「ダム湖百選」に認定されるなど全国的に知名度が高く、多くの観光客が訪れるダムとなっています。その中で、椎葉村では2018年に地域活性化を図ることを目的として、訪れる観光客や地域住民を対象に「上椎葉ダム湖周遊事業」が計画されました。当社も地場産業との共生を図るとともに、安全な周遊事業及びダム管理運用の実現のため、協定書を取り交わし協力・運用しています。(写真-7)

  また、西郷ダム、大内原ダムでは新たにウェイクボード事業(大内原ダム)や、SUP事業(西郷ダム、大内原ダム)と湖面利用に関する協定書を締結し、安全なダム運用・地域共生活動に努めています。

写真-7 上椎葉ダム周遊事業状況
(椎葉村観光協会様より写真提供)

(WEC)
それでは最後になりますが一言お願いします。

■地域に寄り添い、安心・安全なダム管理を目指して

写真-8 上椎葉ダムを背景にした甲斐所長

(甲斐所長)
2005年9月、台風14号が九州に上陸し、耳川水系では大量の降雨により、設計洪水量を上回る流量を記録しました。これに伴い、大小約500箇所の斜面が崩壊し、河川やダム貯水池に大量の土砂や倒木が流れ込み、甚大な被害が発生しております。特に、弊社設備では、上椎葉・塚原・山須原・西郷PSが浸水し、長期間の発電不能状態となりました。

耳川流域での被害状況を受け、河川管理者である宮崎県は、総合土砂管理計画を策定し、その中核事業として弊社は、ダム通砂運用に取り組んでおります。この総合土砂管理計画への取組みもあり、2022年9月に発生した台風14号では、2005年14号台風と同等の大規模な出水であったものの、被害を最小限に抑えることができました。

今後も当所では、高経年化したダム設備の健全性確保に万全を期すと共に、迅速かつ的確な通砂運用や治水協定に基づく円滑な事前放流を行い、耳川流域の安全・安心を確保したダム管理に日々努めてまいります。


写真-9 大御神社清掃活動状況

写真-10 殉職者慰霊祭状況

(WEC)
本日はありがとうございました。
■九州電力水力発電HP:https://www.kyuden.co.jp/effort_water_index.html