(聞き手:水源地環境センター 名古屋事務所 可児)
(WEC)
「ダム管理所長に聞く」第52回は、木曽川水系の長良川において長良川河口堰の管理を行っている水資源機構長良川河口堰管理所の荒川所長にお伺いしました。
荒川所長、どうぞよろしくお願いします。
では、はじめに長良川河口堰管理所の概要についてご紹介下さい。
(荒川所長)
木曽川水系には、東から木曽川、長良川、揖斐川があり、これら3河川を木曽三川と呼んでいます。
長良川河口堰は、河口から5.4km上流に位置しており、塩水の浸入を防止し浚渫を行うことで洪水を安全に流下させるとともに、堰上流域を淡水化し、愛知県、三重県、名古屋市の水道用水、工業用水として最大22.5m3/sを新たに取水可能とするために建設された可動堰です。
昭和46年度の事業着手以来、漁業関係者、農業関係者をはじめ地域の方々のご理解、ご協力を頂き、昭和63年(1988)に堰本体工事に着手、平成7年(1995)から管理を開始しました。その後、今日まで、治水・利水、また、環境保全のために施設を運用し、今年4月で30年を迎えます。
流域図(「長良川河口堰パンプレット」より)
木曽三川河口域
長良川河口堰全景(上が上流、下が下流)
(WEC)
長良川河口堰が建設された木曽三川流域はどのような地域なのでしょうか?
(荒川所長)
長良川が伊勢湾に注ぐ木曽三川の下流域は、古くは木曽川、長良川、揖斐川が網状に流れて形づくられ、その流路は洪水のたびに変化してきました。
御囲堤断面図
江戸時代初期1609年に、木曽川の左岸に尾張の国を取り囲む形で大堤防が約50km築かれ、「御囲堤(おかこいづつみ)」と呼ばれるようになりました。
「御囲堤」は、西国勢力の侵入を防ぐという軍事上の目的を持つとともに、尾張の国を洪水から守るための役割を果たしました。
反面、“対岸美濃の諸堤は御囲堤より低きこと三尺(約90cm)たるべし”との制限が加えられていたため、美濃の国では水害が頻発し、この地域の「輪中」の形成をますます発達させることになりました。
「輪中」は、地域ごとに集落や耕地を洪水から守るため、その全体を囲むように造られた堤防(輪中堤)によって結ばれた共同体で、ここに住む人達自身の手で築かれた、洪水との闘いの歴史を表すものといえます。
また、木曽三川下流域は、我が国最大のゼロメートル地帯を抱えているため、古くから大規模な河川改修も行われてきました。
最初が宝暦4年(1754)に薩摩藩による御手伝普請(おてつだいぶしん)によって逆川洗堰、大榑川洗堰、油島の締切り工事等の改修が行われたいわゆる「宝暦治水」です。
その後、ヨハネス・デ・レーケを迎え、三川を完全に分流する「木曽川下流改修計画」を明治20年(1887)に策定し、改修工事が実施され、明治45年(1912)に完成したいわゆる「明治改修」により木曽三川の下流は、ほぼ現在のような形となりました。
明治改修以前の輪中分布図
宝暦治水の工事箇所図
明治改修計画図
当時(西暦1888年)の略図
(荒川所長)
宝暦治水、明治改修等により、木曽三川の水害は大幅に軽減されましたが、近年においても、昭和34年9月の伊勢湾台風、昭和35年8月の台風第11号・12号による洪水、翌36年6月には梅雨前線と台風第6号による洪水で長良川が破堤し大きな被害が発生しました。また、昭和51年9月にも台風第17号の襲来と停滞前線が重なって豪雨が続き、長良川右岸が安八町内で破堤し甚大な被害が発生しました。
平成7年7月に長良川河口堰が本格的に運用、マウンドの浚渫が開始され、平成9年7月に完了したことにより、長良川下流域での洪水の流下能力は大幅に向上しました。
昭和51年9月安八水害:約59,500戸が浸水被害
長良川の治水対策
河口から約14~18km付近にあったマウンド
(大潮の干潮の時、川の中から姿を現していた)
(WEC)
治水面の効果が大変良くわかりました。では利水面ではどのような効果が期待されていますか?
(荒川所長)
長良川河口堰の上流域が淡水化されたことにより、新たに開発された水道用水は、平成10年4月から、長良導水、中勢水道(現 北中勢水道)として取水が開始されました。
長良導水は愛知県知多半島地域4市5町(約45万人)の、中勢水道は三重県中勢地域(津市、松坂市:約31万人)の水道用水として供給されています。
知多半島地域は平成6年渇水時に最大19時間の断水が発生しました。また、長良導水の取水が開始されるまでは、度々取水制限が行われていましたが、平成10年に取水を開始してからは取水制限がなくなりました。平成17年の春から夏にかけて発生した渇水時には、長良導水により安定給水が可能となったことで水道の利用に支障がでることはありませんでした。さらに、長良導水の未利用分0.66m3/sを有効活用し、知多半島に隣接する地域(豊明市、大府市、刈谷市、高浜市の一部)へ送水したことで、当時愛知万博開催中であった愛知用水地域の取水制限を緩和しました。
新規利水の利用状況
(荒川所長)
長良川河口堰の完成前より長良川の水を利用していた既得用水(長良川用水、福原用水、北伊勢工業用水、愛知用水、長島町(現 桑名市長島町)(水道・かんがい・水路維持))についても、長良川河口堰の運用により上流域が淡水化され常時安定的に取水が可能になりました。
例えば、長良川河口堰建設前の浚渫が行われていない状況でも塩水が遡上し必要な取水ができなかった北伊勢工業用水は、長良川河口堰の運用により、塩水の遡上が防止され、河川水位が安定したことで常時取水可能となり、安定的に取水できるようになりました。
既得利水の利用状況
(WEC)
治水、利水ともに地域に大変貢献されている施設だということがよくわかりました。続いて管理面での工夫点などについてお話しいただけますか?
(荒川所長)
長良川河口堰は、平常時はゲートの上から水を流す「オーバーフロー(越流)操作」と、下段ゲートを開けて水を流す「アンダーフロー操作」を行い、上流から流れてきた水を常に下流へ流しています。
また、堰上流に塩水が遡上しないように堰上流水位は、堰下流の潮位の状況を見て、大潮期間を除きT.P.+0.8m~1.3mの範囲で管理することを基本としています。
洪水時は、下段ゲートを開けて水を流す「アンダーフロー操作」と全てのゲートを引き上げる「全開操作」を行っており、高潮時や津波時においても、洪水時と同じようにすべてのゲートを堤防高よりも高く引き上げる「全開操作」を行います。
環境へ配慮した操作としては、魚類のゲートからの遡上を考慮して堰の上下流の水位差を少なくしたり、稚アユの遡上時期は、稚アユを魚道へ誘導するために、川岸寄りのゲートからの放流量を増やしたり、仔アユの降下時期は夜間に中央寄りのゲートからの放流量を増やすなどのきめ細やかな操作に努めています。
また、長良川河口堰の上流の水質改善に配慮したフラッシュ操作や、海苔養殖の時期は長良川河口堰による急激な流況変化を極力行わない操作も行っています。
ゲート操作方法
平成7年4月の管理開始以降215回のゲート全開操作を行っており、令和6年度は9回の全開操作を行い、洪水を安全に流下させました。
なお、長良川河口堰は、出水の後期にゲートを全開からアンダーフローに替えたときに堰上流に流木等が集積しますので、このタイミングで積極的に流木の撤去を行っています。
令和2年7月前線による出水時におけるゲート全開操作中の長良川河口堰
R6.7.3流木処理状況
R6.7.1全開操作後の流木回収分)
(WEC)
とても繊細な操作をされているのですね。また流木処理は環境面でも課題だと思いますが、環境面の配慮について工夫されている点についてご紹介ください。
(荒川所長)
長良川河口堰は、3種類の魚道が5ヶ所に設置されています。これらは、木曽三川河口資源調査(KST調査:S38~42)※において、魚類の習性とこれに見合う魚道構造、また放流管理についての調査研究が行われ、回遊性魚類などへの影響軽減対策として、建設当時、我が国では最初の「呼び水式魚道」と「ロック式魚道」が開発されました。
その後も、漁業関係者の意見、学識者の指導を踏まえ、研究が続けられ、階段式魚道に玉石を全面に敷きつめ底生魚などが遡上しやすくするなどの対策が行われたほか、自然の河川状態にできるだけ近づけた、粗石と蛇行により多様な流れをもつ「せせらぎ魚道」も設置されました。
※建設省(現 国土交通省)の委託により約90名の学識経験者により行われた環境影響調査
魚道の設置状況
呼び水式魚道を遡上する魚(観察窓から)
左岸の呼び水式魚道には、観察窓があり、アユが遡上している姿をご覧いただくことができますので、是非見学していただければと思います。また、YouTubeでもライブ配信を行っておりますので、ご覧ください。
(荒川所長)
また、河口堰上流への塩水の遡上を防止する一方で、極力自然な状態を維持するために上下流水位差をできるだけ小さくしてアユ等の遡上・降下に配慮するなど、環境に配慮したきめ細かな運用ができるよう、調節ゲート(10門)は全て2段式ゲートを採用しています。
例えば、アユ遡上期(2月~6月)は、アユを魚道に誘導するため、河岸寄りのゲートを優先して放流しています。また、仔アユ降下期(9月~12月)は、アユが夜間に流心付近を降下する習性を考慮し中央寄りのゲートを優先して放流しているほか、仔アユの降下が本格化する10月~12月の夜間には放流量も増量しています。
なお、アユの遡上数についても、左岸呼び水式魚道(陸側)で、毎年計測しています。
従前は、調査員が目視により計測していましたが、令和3年からAI画像認識技術を活用し、自動計測しています。
令和6年の遡上数は約124万尾を確認しました。途中何回か計測方法が変わってきているので、一概に比較することはできないかもしれませんが、数値だけを並べてみると過去3番目に多い状況にありました。
アユの遡上数
(WEC)
アユなどの魚類に対する配慮もとても細やかに行われているのですね。昨年の遡上数も良好なようでよかったですね。その他環境について配慮されている点がございましたらご紹介ください。
(荒川所長)
長良川河口堰では、平成12年度より堰上流の底層の溶存酸素(DO)の改善と表層の藻類(クロロフィルa)の抑制を目的に、4月~9月は一時的に堰からの流下量を増大させて流すフラッシュ操作を行っています。
フラッシュ操作により堰上流の水質については概ね改善していることを確認していますが、引き続き、効率的・効果的な操作方法について、学識者の指導助言を得ながら実施しています。
フラッシュ操作
フラッシュ操作の効果
(荒川所長)
長良川河口堰の管理・運用、また環境保全の取組状況について、有識者で構成される「中部地方ダム等管理フォローアップ委員会(平成8年7月設置)」に定期的に報告しています。
令和2年度に開催された委員会では、「堰運用前後で環境に一定の変化はあったものの、近年、調査結果は概ね安定した推移を示していることから、長良川河口堰については適切に管理運用されている」と評価を頂いており、引き続き、適切な管理に努めているところです。
(WEC)
三重県桑名市は、かつて伊勢湾台風で甚大な高潮被害を受けた地域ですし、南海トラフ地震の危険性が心配される地域ですが、防災体制について何か特別な準備はされていますか?
(荒川所長)
令和6年8月にも、「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」が発表されましたが、当管理所がある桑名市は、「南海トラフ地震防災対策推進地域」に指定されています。
管理所周辺や通勤経路は大津波発生時に浸水すると予測されており、職員が速やかに参集できない可能性があります。非常時においても河口堰の運用に支障をきたすことがないよう24時間365日操作員が常駐しています。また、桑名市長島町内に職員数名も居住していますが、いざ、地震・津波が発生した場合には、河口堰の緊急操作に加え、津波の監視、設備の点検、関係機関との情報共有など、様々な対応が必要となります。
そこで、管理所の若手職員を中心に『防災支援プロジェクトチーム』を立ち上げ、既成概念に囚われない柔軟な発想で、また、多分野で導入されている新技術活用の可能性などについて意見交換を行いながら、「シンプルに」「最大限新技術を活用し」「最少人数で実施」することを念頭に検討を進めています。
防災体制のイメージ
遠隔点検用のUAVの導入
(WEC)
その他に取り組んでおられることがございましたらご紹介ください。
(荒川所長)
出水時に長良川へ流れ出てくる流木やゴミの量を減らすために、河川の清掃や森林の育成活動などの取組も行っています。
令和6年12月16日
揖斐川・長良川中堤合同クリーン大作戦
令和6年5月12日
第14回 長良川源流の森育成事業
(荒川所長)
また、長良川河口堰の情報をHPやXで発信するとともに、河口堰の役割や取組などについて、見学会や出前講座などで説明を行い、関係者や一般の方々へ施設運用に関するご理解と防災意識の向上などを目指して、適時適切な情報発信に努めています。
広報に関する取組状況
(WEC)
最後に一言お願いいたします。
管理開始30年に向け抱負を語る荒川所長
(荒川所長)
これまで、地元地域、関係機関の方々の御理解・御協力を頂き長良川河口堰を運用して参りましたが、令和7年4月には管理を始めてから30年を迎えることとなります。これからも、河口堰が効果を発揮するよう職員一同努めて参ります。
なお、管理開始30周年を迎えるに当たり、長良川河口堰により興味を持っていただけるような年にしたいと思い、特別見学会や30周年ダムカードの発行などを計画しています。
管理所の隣には、川と人とのよりよい関係を目指して、水害から地域を守り、将来にわたる水資源を確保するために、『防災資料館アクアプラザながら』を設置しています。
また、周辺には、なばなの里、ナガシマスパーランド、六華苑、九華公園などの観光スポットもございます。お近くにお越しの際は是非お立ち寄りください。
アクアプラザながら
○開館時間 月曜日~日曜日の10時~16時
○休館日 12月29日~1月3日と5月1日
長良川河口堰管理所HP
https://www.water.go.jp/chubu/nagara/
(WEC)
本日はどうもありがとうございました。